サイエンス・カフェ

今年はガリレオ・ガリレイが自分で作った望遠鏡を天体に向けてからちょうど400年目にあたる。そして、アポロ11号が月に降り立ってからちょうど40年。と、さもしっているかのように書いてますが、実は昨日初めて知りました^^;

私もリアルタイムであのニュースを見ていました。何分小学生でしたし、月に行ける時代になったという感覚はなく、まだまだ映画の世界のお話のように思えたものです。

昨日は、プラネタリウム主催のサイエンス・カフェが開かれました。堅苦しい講演会ではなく、お茶を飲みながら講師の先生と気軽に会話をして科学に親しんでほしいという趣旨のイベントです。私もボランティアスタッフとして参加しました。

ただ科学の話を聞くだけなら講演会もテレビも本もありますが、こうして気軽に質問をしながらいろいろな話を聞くことの最大の魅力は「そこにしか流れていない雰囲気を感じることが出来る」ということでしょう。講師の先生と眼を合わせながら話をすれば、聞きたかった疑問への答えだけではなくて相手の気持ちまでも受け取ることが出来ますから。

講演は、月の成り立ちについて、月探査機かぐやのミッションとその成果、これからの探査計画について、というものでしたが、思わずへぇぇと声を上げたこと3回、「・・今の意味わかった?」と顔を見合わせること2回。(実際は良く判りませんという部分はもっとあったと思います^^;)でも大丈夫なんです。こういう、人たちにこそ堪能してもらいたいのですから・・・(ホントかな?)

もちろん、かぐやのお話もとても興味深いものでしたし、知らなかったことを知ることは楽しいことです。でも、ここでは、もう一つの楽しかったことを書きたいと思います。

私が感動したのは、こうした計画ひとつにしても、最初に疑問がありそれについて科学者は理論を組み立て構想を練り、技術者たちが加わることで具体化していくという一連の流れが、あのアポロのニュースの少し前からずっと長い間繰り返されてきたことを実感したことなのです。講師の先生に対して、自分の作った装置が役割を終えたときはどんな気持ちでしたか、という質問がでましたが、その答えを聞いた時会場に小さなどよめきが起きました。「感慨よりもバトンをもらったという気持ちです」。国家高揚だとか、技術競争という題目のもとでの活動のように思われがちですが、始まりは一つ一つの小さな疑問であり知りたいという素朴な想いであり、それを長い時間の間に大勢の人たちがそれぞれに力を出し切ってただ繋げてきたバトンなのだという想い。そこにある魅力と、そこに参加できることへの憧れを、たとえば昨日来ていた高校生たちが感じてくれたら素晴らしいだろうなぁと思うと同時に、これは科学に限らず、どんな学問にも、そしてさらに言えば人間のすべての営みにも言えることなのではないかなと、あらためて人間の歴史に思いをはせた瞬間でした。

素朴な質問のおかげで、楽しい裏話もたくさん聞くことができたし、こんな贅沢で楽しい時間を沢山の人に教えてあげたいです。

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お試しです

以前参加していたゴスペルクラスの方々のステージ。どうでしょう?

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一年に一度?

今年の母の日は、正直何も期待していませんでした。夫、息子は論外ですが、娘も朝から模試を受けに行って、帰ってきたらすぐにピアノのレッスンに行くというハードスケジュールをこなしていたので大抵忘れているだろうと^^:

ところが、夕方になって「今日は私がハンバーグを作るわ」といきなりの宣言。去年の母の日を覚えていたのね、と嬉しい反面ちょっと待った~とうろたえる私。そんなことはなかろうと、すでに夕食用にアジを2匹買ってあったのです。「あのさ、気持ちだけでいいから」「ハンバーグ作る!」だから、アジがsign04

そこで、考えたのが、アジのハンバーグでしたflair

アジは3枚に下ろして皮を剥いで叩き、パン粉は一枚余っていた食パンをバーミックスで生パン粉に。これに卵1個を加え成型して焼きます。魚だけにパサパサしてしまうのではと心配でしたが、多めの生パン粉がよろしかったようで、ふんわりジューシーなハンバーグができました。アジが刺身用だったので匂いもなし。あっさりとした味付けにして、トマトソースなんかを添えても美味しそうですheart04

娘の出番は主にアジの骨抜きでしたが(笑)一緒に台所をしてくれる人がいるのって嬉しいんですよね。母の日に感謝。

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好きな色 ver.2

好きな色は、いくつかありますが、その一つが「あかね色」です。

正確には、呼び名の響きとして「あかね」が好きで、イメージしている色はサーモンピンクが少しオレンジがかったような感じ。実のところ色についての知識は乏しいかぎりです。

先日、院展に行ってからというもの、自分の記憶の中の色の思い出をたどりながらそのうすっぺらな色感覚を実感することしきり。たとえば、塗り絵となると、クレパスに入っている色をいかにして同系色が隣り合わないように使えばいいかだけを考えていました。といって12色とか15色ではどうして、すぐに策は尽きてしまい、それで塗り絵が嫌いになっていました。グラデーションと言う言葉は私の辞書にはなかったのです。

「ぐんじょう」「おうど」の意味を考えることもありませんでしたね。とても不思議な名前だとは思っていたのですが^^;

絵の具を使うような年齢になった頃は、なんでも水で薄めすぎていたようです。ようです、というのは、娘の色塗りを手伝っていると「水をつけすぎ」といつも注意されるからです。そうか、色に濃淡をつけるということイコール水じゃなかったんだ!どうりであの頃絵の具が減らないわけでした^^;

こんな美術一般に置いて音痴な私ですが、不思議なことに自分の中に好きな色という感覚だけは育っていたようで、絵を前にして心が動かされるという気分を味わえることがわかった時は本当に嬉しかったですね。

さて、「あかね色」に話を戻しますと、先日、近所の方から思いがけないいただきものがありました。ご自分で染められた草木染めのストールです。これが、私の大好きなその色だったので、その旨をお話したら、あかねの由来を教えてくださいました。それまで私はあかねを空の色から来たものだとばかり思っていましたが、あかねという植物の根っこで染めるのだそうです。根っこ!これも私にとっては衝撃的な事実でしたが、考えてみれば京人参みたいなもんでしょうか。自然にあるもので色を作り出していく知恵ってすごいですよね。それに、染める素材によって色の出方が違うそうで、正絹を染めると私の好きな夕焼け色になるのですが、綿では淡いピンクになってしまうのだとか。不思議です。

これからは夕焼けを見るたび、万葉の世界あたりまでタイムスリップしそうです。

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好きな色 ver.1

子どもの日、リバーウォークの美術館に院展を見に行きました。

院展は初めてだし、絵の美術展自体も滅多に行かない私ですが、
新聞で紹介されていた絵が印象に残り、
実物を見てみたいという思いにとらわれて、
機会を覗っていたのです。

特に見たかったのは、
平山郁夫氏の『祈りの行進・聖地ルルド・フランス』です。
会場の入り口から最初に目に入る奥にあったので
すぐにわかりました。
新聞よりも、青がずっと深く鮮やかでした。
新聞で見たときは、絵全体の雰囲気に惹かれたのですが、
今思い出すのは色です。あの色は私の大好きな色だったんだと思います。
ラピスラズリの青に似ていた。

どの絵も、光、影、音、暖かさ、冷たさ・・そうした五感で
感じるものが色やタッチで見事に表現されていて感動しました。
おもわず触れたくなるような絵もたくさんありまして、
もちろん触れたりはゼッタイしないんですけど、
今にも触りそうだと思われたのか、注意されてしまったりして(笑)

単色の濃淡でひとつの世界を作りあげてしまうのって
すごいですね。水墨画のような世界も、新緑の世界も、夕暮れの世界も
丁寧に丁寧に描き込まれている一つ一つの色が作りあげているんですもん。

いろいろな色の世界があって、
それぞれがどれも素敵だったのだけれど、
やっぱりいつまでも脳裏に焼きついていたのはあの青でした。
私はあの青が好きみたいです。

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イヤープレート

2年前の秋、私の両親が金婚式を迎えました。人生50年どころか、結婚50年を無事に過ごすことができるなんて、ほんとうに有り難いことです。

お祝いは何にしようかとずっと考えていたのですが、兄夫婦が記念にその年のイヤープレートを贈ったのを知ってひらめきましたflair

結婚した年のイヤープレートを贈ることにしたのです。二枚のプレートが並んで飾られているのを想像し、これはいいものを思いついたとひとりほくそえみました(もとはといえば、兄たちのおかげですけどね)。

Photo古い年代のものだから見つかるだろうか、高くはないだろうかという心配をよそに、イヤープレートは思ったよりも簡単に、そして丁度手ごろな予算で手に入れることができ、私のお祝い作戦は無事終了。その当時の絵柄は聖書を題材にしたものが多く、クリスチャンである両親には図らずもまさにうってつけの一品になりました。実家のピアノの上には、今もその2枚が飾ってあります。(1957年 13000円)

さて、そんなことも忘れかけていたこの頃、「揃える」というタイトルでブログを書いていて私の中の「揃えたい」衝動がまた再燃しました。実は結婚をした年からしばらくの間、母がクリスマスになるとウェッジウッドのイヤープレートを贈ってくれていたのです。ピーターラビットの絵柄のお皿は10枚と少したまったところでそのシリーズが終了になり、大切に使っていたのですが、残念なことに2枚ほど割ってしまい年号が飛び飛びになってしまいました。10枚そこそこあるのだから、もう十分なのですが、なんとなく年代が飛んでいると気になって仕方ありません。機会があるごとにネットオークションなどで探してみますものの、どういうわけか、割った年のものに限って高値がついていたり、完全に入手不能だったり。これは縁がなさそうだとあきらめていたのです。

今回再燃した「揃えたい」ブームで思いついたのは、別のシリーズで、別の揃え方をするということです。なくした年は子どもの誕生した年でもあったので、いっそ家族全員の誕生年のイヤープレートを揃えてみよう。お値段のほうは前回の経験で大体つかめているからこれはうまくいくかも。なかなかグッドアイデアでしょう?

夫、私、息子・・と探してみると、どれもまあまあのお手ごろ値段で出ています。よしよし。ところが、

Photo_2 娘の誕生した年のイヤープレートだけが、なぜか

 41000円!!!

はい??

娘は阪神淡路大震災の年に生まれました。退院してきた翌朝のことでした。それがイヤープレートのプレミアに関係しているのだろうかとぼんやりと考えています。だとしたら、そこにはどんな思いが織り込まれているのでしょう。

人にはそれぞれの記念の年があると思います。だれかにとって喜びの年が誰かにとっては深い悲しみの年にもなるでしょう。イヤープレートを買い求める人たちの中のさまざまな思いを考えているうちに、自分の思いつきが少しバカバカしくなりました。私にとっての大切なイヤープレートはまだもう少し先のほうがいいような気がします。

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旅に出る理由

春休みを利用して、3泊4日の京都旅行をしてきた。

久しぶりの遠出の旅行に京都を選んだのは娘の希望だったが、まわりからは「また行くの?」と呆れられた。確かにここ3年は毎年春休みになると訪れている。ただ、私にとっては目的地がどこかということよりも、1年に最低1回くらいは遠出の旅行をしないとまたできなくなってしまいそうで不安なのである。事実、娘と二人だけの旅行は1年ぶりだったので、今回は行く前から少しばかりナーバスになっていた。ガイドブックを見ながら楽しい計画を立てようにも、頭の中の整理がまるでつかない。最終的には「とにかく京都にたどり着きさえすれば御の字と思うしかない」という心境で家を出た。

それなのに、着いたら着いたで、娘がそばにいてくれて心強いと思う反面、足を引っ張ってはいけないという思いが自分にプレッシャーをかけてしまう。ホテルでゴロゴロするわけにもいかない。せっかく来たのだから楽しかったなと思って欲しいなどど、ついついサービス精神が頭をもたげて、あっちもこっちも案内したくなる。

もう少し、自分のペースで歩くことを始めてみたら?と心の中では自分に問い掛けてみるのだけれど、だめみたいbearing 

そんな中、一箇所だけ自分が自分のためだけに(!)行ってみたい場所を見つけた。京都マンガミュージアムである。ひょっとしたら、昔読んだなつかしのマンガに出合えるかもという期待で訪れてみると、たしかに、かなりの蔵書。暖かい日だったので、中庭では気持ちよさそうにごろ寝をしながら読みふけっている人もいる。これはいいかも、と思ったのだが、残念ながらものの30分ほどでリタイアすることになった。娘がマンガ好きではなかったのだ(我ながら誤算だった・・)

次回はしっかり教育してからsign02来ることにしよう!

楽しみを作っておけば、次の旅行への一歩が踏み出しやすくなるかもしれない。今回は結局安定剤に支えられて乗り切ったけれど、この余韻が続くうちに旅行を続けていくことで、自分の中の「大丈夫」を増やしていけたらと思う。

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揃う

粗忽ものな方だと思う。たとえば、5枚一組のお皿など一つとして揃っているものがない。グラスもいいものは次々に割ってしまい、残るのは丈夫なカフェグラスだけ。割れた時にはガックリ来るのだが、あまり後を引きずらない。「形あるものは滅す」である。

ところが、なぜか時々「揃っている」ことに執着することがある。この間も、残り物を留めるクリップが6個あるはずなのにどこに使ったのか1個の所在がわからず気になって何日も探し回った。あった。乾物をしまっておく引き出しに入っていた。頭の隅とはいえ、このクリップ1個のために神経を使っている自分が自分で滑稽なのだが、見つけたときの嬉しさといったら、まるで宝さがしの気分である。

景品でもらったお皿。大抵は一枚である。ところが、バザーとかフリーマーケットで同じ皿を見つけて「揃えられる!」とわかった時、そもそも景品なのだからタダ同然のものをお金を出して買うというのはどうなの?などと考えながらも、その誘惑に打ち勝つのはかなり難しい。どうせそのうち割ってしまうんだろうけれどさ。

こんなことを考えていたら、まだ子どもが小さかった頃積み木の一つがなくなってひどくがっかりしたことを思い出した。2歳くらいだった息子がその積み木を見るたびに「ないねぇ」って言っていたから、たぶん私がしまうたびに「ないねぇ」と残念そうに言っていたに違いない。積み木だけではない。パズルとか、ブロックとか、おもちゃは大抵半端になる。ところが積み木だけはなんとなく揃っていないと寂しかったのだ。あれも、私の「揃っている」魂を刺激したものだったんだろうな。

変な習癖だと思うが、そういえば私よりもつわものがいたっけ。同じアパートに住んでいたIさん。「積み木はなくされると嫌だから遊ばせないようにしまっているの」というのを聞いて、そこまでしなくともと思わず絶句したのも、なつかしい。

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14歳

昨日は今年度最後の懇談会でした。先日の修学旅行の時の写真をスライドにしたものを見せていただき、その後はクラスごとに分かれて茶話会。

中学二年生になってくると「家では学校のことをほとんど話してくれません」という感想が多くなります(特に男子のお母さん)。うちでも普通にいろいろな話はしますが、その日学校であったことをあれこれとは話さなくなったなあと思います。そりゃあ当然なこと。私だって親にいちいち報告していませんでした。

中学生ともなると、「ただなんでも聞いてくれるお母さん」に見えていた小学生の頃と違い、「話すと面倒なことになるかも」と親を客観的に見るようになるのでしょう。その判断は時として正しい(笑)。

自分だけを頼ってくれていたあの頃がなんとも懐かしくなる時期ですね。

私は息子が丁度この時期を過ごしていた頃は、自分のことで精一杯でした。「お母さん、お母さん」と言う声をいつも聴いていたような気がするだけで、何時の間にかそういう呼びかけをしなくなり、彼がいろいろな局面を乗り越えるにあたって(中学では一時期学級が崩壊しかけたこともありました)まともなフォローもしてあげられませんでした。周りの友人たちや、信頼できる数人の先生がいてくださったおかげなのかな、私に何も言わなくてもなんとかやり過ごすことができたようでした。

結果的には口を出しすぎなかったことはよかったのかもしれません。私は一つの問題を抱えるとあれこれ考えすぎてしまうし、どうしても「最良」の答えを出さねばならないと思ってしまいがちです。心の片隅では「最良」なんてものはないのではという疑問を抱いているにもかかわらず、とりあえずそこに向って邁進してしまうのですtyphoonおまけにその「最良」は私の理想であって子どもの理想とは違っていることがあります。要するに自分を押し付けてしまうことがあるのです。

子どもが小さい頃は自分がいいと思ったものを与え続けてきましたが、いつまでもそうしていると子どもは自立できません。何でも聞いてくる時期が過ぎて、黙っているようになったら、自分でいい物を見つけられるように見守っていくことも大事なのだと思います。与えられたものに感謝することと同時に、自分で見つけたものに自信と誇りをもてるようになってくれたらどんなに嬉しいでしょう。

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ミモザ

いつもの散歩道である日突然、頭の上のあたりに黄色いシャワーのように花がふりそそいで いることに気付いた。6年近くも住んでいたのに、すぐ近所にこんな花が咲いていたのも知らないなんて・・・何を見ながら歩いていたんだか。

Dsc011071_3 春の黄色といえば、菜の花と連翹がすぐ浮かぶけれど、これはいつも名前を度忘れする。あの、ゴスペラーズの歌にもなっているやつだよね・・・

『ミモザ』

中学の初めての調理実習のメニューが、「トマトカップサラダ・ミモザ風」だった。そのミモザ風っていうのがなんなのか分からないまま、ずっと時が過ぎて、なんとなく黄色い花をイメージしたものだということを知ったのもいつだったか。そして実物を知ったのが生まれて半世紀近くたった今年の春。おめでたいわぁ。

よその家なので、遠慮しつつ携帯で写メしてみたけれど、美しい黄色はまったく出なくておどろおどろした姿になってしまった。がっかりしていたらその数日後、別の近所の方が「庭に咲いているから」と花の枝をたくさん分けてくださった。なんだかこの春はミモザに縁がある。

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«チョコも入っています