たかが説明会、されど・・
娘たちの中学では、2月に修学旅行がある。しかも、厳寒の京都に!まあ、風情はあるのかもしれないが、引率する先生方も大変なことだ。
というわけで、今日の午後、その説明会があったのだが、私が苦手なのがこの手の説明会。まず、子どもの隣に座らなくてはならない。悲しいことに苗字がア行なので一番前でおまけにど真ん中。劇場なら絶対に座らない、逃げ場のない席である。だいいち、小学生ならまだしも、中学生にもなって、親子並んで、しんしんと冷え込んだ体育館で1時間以上もどうして説明を聞かなくてはならないのだろうか?しかも、当人たちにはすでに一度説明会が行なわれているのだ。説明資料を見ても、文書で十分な内容でしかなく、もし質問があるなら懇談会だけで事足りるはず。
今日の説明の中で、京都での班別自由行動中の拝観料、入場料、貸し切り予定のジャンボタクシーの駐車料金を事前に徴収することに関してだけは、口頭でのほうが分かりやすかったかなと思ったが、それ以外はひたすら忍耐の1時間。身体は冷え切ってくるし、もともと暑さ寒さに過敏に反応して発作を起こしやすいので薬は飲んできたものの、だらだら続く説明に何度か気分が悪くなってしまった。よほど、退席しようかと思ったが、くやしいことに先生方の方が薄着なんだよね・・・ホッカイロを貼って、コートを着込んでいる自分の方が根負けするのもナサケナイか、ここが頑張りどころなのか、もう最後の方は思考停止状態になりながら、何とか終了~~
自分がパニック発作を心配していなければ、なんてことないさって思えるのかもしれない。いや、これが寒い体育館でなくて、暖房の効いた部屋でなら気分も違っていただろうということは確かにある。もし、後方に保護者席があって自由に座ることができたら?う~ん、それならかなりハードルが低くなるだろう。
それでも、腑に落ちない。どうして、親子で聞かなくてはいけないの?
息子が小学校低学年の時、担任の先生がとても強調されていたこと。それは、「何が自分にとって大事なことかを聞き分ける力」をつけること、だった。ことによっては命に関わるような重大な情報だってあるかもしれない、そして、一度しか言ってもらえないことだってあるかもしれない、だから聞く態度をまず低学年のうちに身に付けさせたいと。この先生は、ドイツの小学校を視察された経験から、かの地の小学生と日本の小学生の決定的な違いはその点だと話されていた。正直、私はふうん、と思った。あったりまえじゃんとたかをくくっていた。
けれども、今になって、あの言葉が身にしみるようになっている。ステレオタイプにことを片付けてはいけないと思うが、中学生になっても人の話をしっかりと聞けない子が増えていることは悲しいことに事実だ。。。
結局のところ、ちゃんと話を聞ける子どもが育っていれば、おそらく修学旅行の説明のために親が召集されることはないだろうし、こんなことをくどくど考える必要はないわけで、寒い体育館も、そんな子どもを育てた親への×ゲームと思えば妥当か。
もちろん、×ゲームではありません^^; あしからず。
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