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チョコも入っています

中学二年の娘にとっては、バレンタインデーは今のところ『友だちと手作りお菓子を交換する日』になっているようです。いつまでなのかがチョッピリ気になるこの頃。

あげる人リストに書かれた名前は、20数名!金曜日には前倒しでさっそく数人からの頂き物を持って帰ってきました。「食べようup」と私にも分けてくれたので、二人で品評会しながら試食。中学二年ともなると、なかなかみんな凝っていますねcake

土曜日に買出しをし試作をした上で、日曜の夜に二人でにわかパティシエに変身coldsweats01

Valentine2オーツ麦の入った生地にキャラメルクランチとチョコチップを入れてみました。やや甘めの素朴な味わいになり、二人で自画自賛scissors
スーパーの特設売り場には、最近の手作りブームを反映してか、いろいろな種類の材料や、かわいいラッピングの数々が並んでいました。このセサミストリートの小袋なんて、タグまでついているんです。これで、あっという間にはずされて、食べられちゃって、捨てられちゃうのかなぁなんて思うとものすごくモッタイナイ。

ふだん個包装のお菓子を食べる時には思ったこともないのに、自分で作ってラッピングしてみると、こんなクッキー一枚でもすごい存在感。

今朝、大量のクッキーを紙袋に入れて、上からタオルをかぶせて、持っていきましたけれど、今日くらい先生が大目に見てくださるのかどうか・・・
                                                       

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償い

『大草原の小さな家』には心に響く数々のエピソードがありますが、その中の1つを紹介したいと思います。

『メアリーの失敗』とタイトルされたこの話。学校で奨学金の試験が行なわれることになり、しかも立派な辞書が賞品とあって、インガルス家の長女メアリーは大張り切り。貧しい家庭では到底買えないだろう辞書に奨学金。先生になりたいという夢を持つ心優しいメアリーにとっては、栄誉以上に家計を助けたいという思いもあるのでしょう。ところが、学校の先生に借りた歴史の本を、みんなが寝ている家の中では迷惑がかかるからと、夜中に納屋で読んでいるうちに過って火事を出してしまいます。父さんは留守中。一人で家族を守る母さんは、恐怖と怒りに我を忘れてメアリーに「試験は受けさせません」と怒鳴ってしまうのです。

自分の犯した事の重大さに打ちひしがれたメアリーは、すべての償いを自分だけの力で果たそうとします。一方の母さんは、自分が感情に任せて与えてしまった罰をとくべきか否かで悩みながら、殻に閉じこもってしまったようなメアリーを前に何も言い出せずに過ごしていました。火事でダメにしてしまった先生の本を内緒で買い戻すためにメアリーはアルバイトを始めます。学校の先生からは、「あなたは最有力候補よ、がんばってね」と期待され、もし試験を受けなければその信頼を裏切ることに苦しみ、受けようとすれば母さんの言いつけにそむくことになると悩みながら、家の手伝いとアルバイトでくたくたになりながらも夜遅くまで勉強を続けるメアリー。母さんに禁止されても、試験への想いを断ち切れないでいたからです。

「試験で一番を取ったら、母さんは喜んでくれるかしら」

メアリーが自分に内緒で試験を受けたこと知った母さん。けれども、メアリーは答案用紙に答えではなく、試験を受けることができない理由を書いたのでした。最後にメアリーが出した結論は、母さんの言いつけを守ることだったのです。憧れの辞書も、得られたかもしれない栄誉も、先生の落胆も、メアリーの優しい心を痛めました。町の人や先生から真実を聞かされて「厳しいことを言ってごめんなさい」と謝る母さんに泣きじゃくりながら抱きつくメアリー。ようやく償いは終ったのです。

火事に動転して、思わずその瞬間考え付いた罰は、あんなに試験勉強に張り切っていたメアリーにとってあまりに酷なものだったと気付いた母さん。たしかに、納屋の火事は最悪の場合財産だけでなくメアリーの命を奪っていたかもしれません。厳しく罰するべきです。それでも、怒りにまかせて言ってしまったことを後悔し、牧師に相談をしに行きますが、その場での二人の会話は私の想像を超えていました。言いすぎだったにせよ、償いは必要だというのです。「家庭も社会だ。一度与えた罰を撤回してしまったら、次も簡単に許してもらえると甘えさせてしまう」当たり前のようで、厳しい言葉でした。

子育てをしていると、子どもに、とびきりの罰を言い渡してしまうことがあります。でも、我に帰るとしょげている子どもがかわいそうになって、ものの数時間で前言を撤回してしまい、最後までそれを通したことはほとんどありませんでした。それは、二度と繰り返して欲しくないような重大な過ちを子どもが犯したことがなかったからと言い訳することもできますが、実は真に償うということを子どもに教え込むことができなかったともいえるのだ、と気付きました。子どもの辛そうな姿を見たくない、その自己満足な思いが時として心を曇らせてしまうかもしれない危うさを忘れていたのです。

何年も前に、保護司の方の話だったか、万引きをした子どもにどのように対処するかということを伺ったことがありました。ことは、ほんの数百円の盗みかもしれない。二度としませんと誓えばそれでいいのではないかという考えもある。けれども、その方は信念を持って「とことん自分の犯したことに向き合わせることが必要だ」と話されていました。言葉を変えれば、『痛みを伴わない償いは意味がない』ということだったと思います。

メアリーの償いは、まさに痛みの伴う償いでした。試験を受けたい、辞書が欲しい、母さんを喜ばせたい、先生を喜ばせたい、こうした少女らしい夢の一つ一つと自分が犯してしまった過ちとを比べながら毎日を過ごしたのです。試験の結果が発表された時(1等賞は上級の男子生徒でした)、ぽろぽろと涙をこぼすメアリー。今までひたすらに働き、勉強することで抑えに抑えていた悲しみがあふれ出てきた瞬間でした。でも、彼女は二度と同じ過ちを犯さないでしょう。その胸の痛みは忘れられないものでしょうから。

母さんは、メアリーが一人でそれほどのものを背負い込んだとは思わなかったのです。(親ってそういうことに気付かないものですよね)。もちろん、先生の本を買い戻すためにアルバイトをしていることも、最後まで悩みぬいていたことも。自分のたった一言がこんなにも大きな代償を与えてしまったことを悔やむと同時に、最後まで一人で耐え抜いたメアリーを誇らしくもいとおしく抱きしめる母さん。ラストシーンは一言で収めることはできません。心に残る素晴らしいシーンでした。

『償い』という言葉は、少し宗教的で、大仰に聞こえるかもしれません。ちなみにドラマの中ではpunishment 『罰』という言葉が頻繁に出てきて、償いにあたるcompensation はなかったかも。とはいえ、罰を自分の犯したことと切り離して考えることはできませんからイコール償うということになると思います。ただ、日本語のイメージでは『責任を取る』という感じでしょうか。

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久々のマイブーム

『大草原の小さな家』は、ちょうどアメリカに滞在していた1984年から85年にかけて、向こうでも再放送されていました。夕方、レンタルしていたTVでこれを見るのが私と父の日課になっておりました。

当然吹き替えではないので^^;、なんとなく、わかったようなわからなかったような・・で楽しんでいたのですけどね。

私の中ではベストオブドラマの上位なんですけれど、なにしろ8年にわたって製作された番組ですから全話そろえるというのはかなり夢のような話だと思っていました。

ところが、最近DVDでシリーズが出ていることを知って、もう欲しくて欲しくて・・・輸入版だと国内版の4分の一程度で買えるのですが、あのわかったようなわからないような消化不良をお金をケチったために起こすのはどうかと悩むこと約1年。

ついにシーズン1のDVDボックス(国内版)を買ってしまいましたsmilenotes

英語音声での日本語字幕付きと、日本語吹き替えの両方が選択できます。ただ、吹き替えで見ていると突然英語音声に切り替わることがあり、少々違和感がありますが、ほぼ申し分のないお買い物でしたmoneybag

もともと父さん役はマイケル・ランドンではなく他の人だったんですって。ところが撮影の日にその人が遅れてきたために、エグゼクティヴプロデューサーであるランドンが代役を引き受けそのままになったそうです。初耳でした。彼以外の父さんはありえないって言うくらいはまり役ですものね。

そして、一緒に購入したのが、これ。

「Little House on the Prairie,  The Pilot 」Little_house

パイロット版って?

パイロット版(パイロットばん)は、ある公表予定のものに先んじて製作されるものの事。主に映画やテレビドラマ等の映像作品に対して、先行して製作された映像媒体を指すが、それ以外においてもこの用語が使用されている場合がある。英語のpilotには試写、試験等の意味が含まれている。ビデオ撮影が主流になる以前はフィルムで撮影されていたため、パイロット・フィルムとも呼称されていた。 そのため、ビデオ全盛の現在でも当時の名残でパイロット・フィルムと表現する場合もある。(中略)連続ドラマの制作にあたっては、放送局、スポンサーおよび制作側の代表(エグゼクティブプロデューサー、プロデューサー、ディレクター、脚本家など)による会議の後にまず第1話分が作られる。通常これをパイロット版と呼ぶ。パイロット版が完成すると再び代表者が集まって試写を行い、必要があれば手直しをされた後、2話以降の制作が開始されて連続放送となる。(wikipediaより)

知りませんでした~~

製品の説明にはリージョンコードは1(北米仕様)となっていましたが、届いてみるとリージョンフリー(?)。パソコンでの再生かと覚悟していたので、大きなテレビ画面で再生できてラッキーでしたnote

作品の方は、このあとの連続放送分とは少し違ったテイストで、登場人物のそれぞれのキャラクターを広げるようなエピソードはあまりなく、表題の原作の中身にほぼ忠実に話が作られています。原作ファンには嬉しい作品です。

アマゾンのレビューによると、このパイロット版は日本では第一話として放送されたらいしのですが、DVDには収録されていないのです。聞き取りはちょっと厳しいけれど、これで我慢するしかない模様。

そんなわけで、暫くマイブームが続きそうな予感。これから毎日が楽しみですheart04

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「かあさん」の言葉

VHSテープをDVDにダビングできる機種を買ってから、少しずつ撮りためていたテープをダビングしているのですが、なにしろ操作方法をいまだに熟知していないため機械にお任せという事ができないのでつきっきり。時間の余裕がある時しかできず、なかなか作業が進みません。

ようやく順番が廻ってきたのが、『大草原の小さな家』。といっても、数回分しかないんですけど^^;

日付を見ると1990年とあるので、二十年近く前に録画したもののよう・・・その間、何度か見た記憶はあるのですが、ビデオテープが痛むのでここ10年くらいはお蔵入りしていたと思います。あらためて観てみるとやはり画像が悪く、とても保存版とはいえないのですが、せっかくなのでDVDに落とすことにしました。

すると、忘れ得ぬシーンを発見!それは、結婚を控えたローラに母さんが話して聞かせる『結婚の心得』shine

「あなたの気持ち分かるわ。わたしも不安だった。教師を続けたかったけれど、できなかったから。もちろん、父さんのことは愛していたけれど、満たされてはいなかった。あなたは若いから、結婚に幸せだけを求めるかもしれないけれど、そうじゃないの。あなたの人生はあなただけのものではないのよ。結婚するということはそういう束縛に自分を慣らしていくことだと思うの」

そして、教師の職を断念できないでいるローラを優しく諭します。

「コック、看護婦さん、縫い子、そして教師。子どもが巣立っていくまで、お母さんはなにより母親学校の教師なのよ」

なんて思慮深く、輝きに満ちた言葉!・・・と初めてこのシーンを見たときに感動しました。それは、私がまだ結婚に憧れる年頃だったからもあるし、再放送のときは母親になりたてで、意欲と希望に満ちていたからでもありますが、今でもなお、その輝きは色あせていません。もちろん、子どもはお母さんごっこをするための人形ではないし、母親の自己実現のために産むものでもありません。ただ、この言葉は、きっと多くの女性の心を揺さぶってきたと思うのです。「私の、やりたいっていう気持ちは?私に与えられた力はなんのため?」そんな思いをぶつけたくなる時、目の前の日常がちっぽけに映ってしまう時、その、地味そうで、平凡そうに見える小さな仕事の中に大きな意味があるということを忘れないで、ってこんな風に優しく諭してくれる母さんがいてくれたら、明日への勇気がわいてきそうだもの。

ドラマの『大草原の小さな家』も素晴らしい作品だけれど、原作も素晴らしい。そこに出てくる、自然や道具やそれらの奏でる音を表現する少し聞きなれない名詞が想像力を刺激し、開拓時代の素朴で力強い人々の暮らしを生き生きと頭の中に描かせてくれます。子どもの頃に海外の児童文学を読んでいると必ず味わうことのできた見知らぬ食べ物への憧れも、今では年齢とともにシンプルな和食の方が食欲はそそるようになったものの、憧れはそれとして失せることがありません。美味しそうな食事はそれを囲んでいる人々の笑顔があるからこそさらに魅力を帯びるし、物語はリアリティを増し、読者を引き付けるのでしょう。

ドラマとは違ったローラに出会う、楽しいひと時です。

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