文月通信1

7月は涙の多い月でした。

悔し涙、偲び涙、後悔の涙、自分が情けなくて一人で夜に流す涙。

どういうことか、月の半分を熱を出して寝込んでしまい、熱がないときでも、原因不明の体の痛みやだるさに不安を感じながら過ごしていました。ずっと、体が発してきた声に耳を傾けようとしなかったから?「できる」ことに物事の価値を置きすぎたから?一人で寝ていると次から次へといろんな思いが浮かんできて、ますます落ち込む悪循環。

時間だけはたっぷりあったので、この際考え疲れるまで考えてみよう…と決心したわけでもありませんが、なんとなく思いつくままに自分なりの原因究明をしておりました。

その①インフルエンザ説

これは、多少信憑性があると思っています。そもそも最初に熱を出した日の3日前に私はかなり長い時間鹿児島本線に乗っていましたし、駅の雑踏もウロウロしてましたので、当時それなりに患者が出ていたことを考えると感染を否定はできない。その上、最初の熱が下がった後、かかりつけのお医者さんにその時の症状を話したら「それねえ、たぶんインフルエンザだったと思うよ」と言われたし。熱が出る前にものすごく目が痛かったんです。まるで日焼けでひりひりするような痛さ・・・違う?当たり?

でも、熱は7度台のまま3日ほどで落ち着いたし、その後少しおなかの調子が悪い日が続いたものの、2週間後に第2波が来て、さらに微熱が1週間以上続くほど強烈だったかと言われるとう~ん??かつて1度だけインフルエンザの予後が悪かった(同じような経過をたどった)ことはありましたが、病院の先生曰く「今更わかりませ~~ん」(そうでしょうね・・・)

その②木の霊説

これはかなり真面目に考えました。3月の終わりごろ、門の外にあった大きなヒバ科の木を植え替えたのです。とても元気に育っていたのですが、植えてあった場所がその木の大きさにアンバランスな狭さだったので強風でも吹けば下の道に倒れ落ちるのではないかとここ半年くらい心配だったのです。植え替えても根付くかどうか分からないと言われましたが、造園業者の方に無理は承知で植え替えてもらいました。切り倒すには忍びないくらいとても元気だったんですもの。

でも、新しい場所には根付きませんでした。しばらくの間はしっかり水をやってね、と業者さんに言われたのに、それから1週間くらいして私は旅行に出てしまって・・・見るたびに枯れた部分が広がっていって、そのうち見るのも怖くなって私はその木のある庭の一角に近づこうともしなくなりました。窓からこっそり覗くと、あんなに生き生きとした緑だった木は真っ黒になって亡霊のように立っていました。

なぜ、こんなに木に怯えるのか。それには訳があるのですが、とにかくあの木を植え替えた頃からどうも体調が悪かったなあと思い出すとあながちくだらないと片付けられないこの説。

元気になったら、きっと謝りに行きます。

その③カビ説

最初の熱が少し峠を越した頃、なぜかお風呂場の天井の汚れがすごく気になってまだ少し熱っぽいのにもかかわらず必死になって掃除をしたのです。それも、マスクもしないで、落ちてくるカビを含んだ汚れた水を顔で受け止めながら・・・って、バカ?

カビって身体によくないんですよね。ああいうのが身体の中で増殖して病気を引き起こしたりするって聞いたことがありますもの。まあ、お風呂のカビとそういうカビは種類が違うのかもしれませんけれど^^;もしかして、アレが原因だろうか、と少し思いました。

その④疲れたんだよ・・・説

人から言ってもらえると、素直にそうかも、と思える説。自分ではそうはいうものの体力もついてきたし、一応元気だったし、とどこか認めたくないところがあり、逆にそういう部分に自分の未熟さと根本的な原因も感じるのですが。私みたいな天邪鬼は『神経のリソースメーター』を突きつけられないといつまでたっても同じ失敗を繰り返すんだろうなぁ。

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心の居場所

4月になったらゆっくりと生活できるだろういう期待が見事に外れ、こまごまとした用事が立て込んでなかなかペースがつかめない日が続いている。

自分の意思で踏み出したいのに、背中をどんどん押されながら必死に走っている感覚。なんとも落ち着かないが、とにかく体調をこわしたらまずいと、急がないことはすべてあとまわしにして「これが終わったら○○しよう」とメモしているそのリストがひたすら増える一方である。

3ヶ月ぶりに(改修工事も終わったので)再開したプールも休みがちだ。3ヶ月前には、プールに行くことで体調を整えられるようになっていたのに、またまた「風邪を引いたらまずい・・」思考に逆戻り。

観望会の解説の練習にも何日か通ったのに、どうも調子が出ない。頭の中が一向にまとまらないので、何度練習をしても形にならないのだろう。あせる気持ちすら、どこか他人事のように感じる。

そうした日々の中、公文の研修に行った。算数教材の教え方の研修。二桁たす一桁の筆算の教え方である。もう一人のスタッフさんとお互い練習台になってロールプレイをしたのだが、なんと、私、一桁の計算がうまくできないではないか・・・え~と、あれ?あれっ??

もう、これは本当にやばいと思った。「自律神経が不安定で、浮遊感がちょっとあって、自分が自分でないような感覚があるのです」と説明したところで一桁の計算を間違えるのはアリエナイ。

ここしばらく飲まなかったコンスタンを少し使うことにした。

観望会当日。朝飲んだコンスタンの効果があったのか、直前の練習でようやく腑に落ちる感覚が戻ってきた。ふわふわと捉えどころのない綿雲のような言葉を必死で集めようとしていたここ数日の苦しさがウソのように晴れ、自分の使える言葉がちゃんと心の中のあるべきところに収まっている安心感。

これが薬に頼らなくてもできるようになったら、とは思うけれど。

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石の痛み

数日前から、右手人差し指と中指の間のあたりの付け根が少し腫れて痛かったのですが、昨日の朝方から急に痛みが激しくなりました。眠っていた間に骨折したのか?と思うくらいズキズキ痛んだのであきらめて整形外科に。

実は、この部分、ここ1,2年くらいの間に時々痛みが出ていたものの、適当に湿布をしてほったらかしにしているうちにいつのまにか収まっていたのであまり深刻に考えていなかったのですが、レントゲンをとる前に先生が「う~ん、リュウマチということもあるかもしれませんね」といった一言でちょっとびびりました。いやいや、関節じゃないからそんなはずはない、と気持ちを落ち着かせて診察に入ると、開口一番「いやぁ、よかったですね、違いましたよ。」ホッ。

「石灰です」へっ??

つまり、石でした。とはいっても、とにかく痛いので、一番効果がありますという先生のオススメにより患部への痛み止め注射をしてもらいました。涙が出そうなくらい痛かった・・・

支払いを終えて、病院を出る頃になり、胃のあたりが急に重たくなって、吐きそうになるし足は力が抜けてくるし、眩暈もしてくるし、注射のせいだろうか?それとも緊張のために自律神経が反応したんだろうか?とちょっと不安になりましたが、家に帰って安定剤を飲んだら落ち着いてきました。

石といえば・・・ちょうど6年前の今ごろ、夜中に突然の激痛に目が覚めて、大騒ぎをしたことがあります。尿管結石でした。

あまりの痛さに、完全にパニック状態に陥り、寝ていた子どもにすがり付いて「お願い、助けて~~」と叫んでしまいました(笑)。しかも夜中の3時だったのに、パニクッていたのでそれを明け方の6時過ぎだと思い、かかりつけの医者をたたき起こし(お医者さんから急患センターに行った方がいいと勧められてもその意味がわからなかった)実家の母を呼びつけ、タクシーで急患センターへ。そこについてからも、お医者さんの手を握って「痛い、痛い」「安定剤をください~」と訴え続けていた私。頭の片隅でそうしている自分をヘンだと思っている冷静な自分がいるにもかかわらず、たぶん脳の95%がパニクっていたのでしょう、口を閉じることができませんでした・・・それなのに、わざとですか?といいたくなるくらい悠長な対応で、まずレントゲンを撮られ、ようやく結石らしいということで痛み止めを点滴してもらってやや落ち着いた頃、あれ~~まだ6時前なんだ・・・と正気に戻り。

たしかにね、初めてでしたし、自分自身も婦人科系の痛み?卵巣破裂?このままショック死?なんて正直思いましたから、医者の対応も正しかったんでしょう(と思っておこう)。

思い返して、今回の場所が掌でよかったかも^^;

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ひさびさに怖い

金曜日はお客様がありました。私の二つ上のいとこと、その奥さんと、姪っこ二人が、九州旅行の途中で寄ってくれたのです。私に、ということではなくて、姪っ子たちが娘に会いたくてたまらなかったそうだからですが。

その前日から、やや不安定気味だったのですが、お迎えの準備をしている頃から異常に緊張状態になっていました。状況から、この緊張はありえないことではないと思いながらも、これほど緊張することではないはずなので、やはり不安になってきました。しかたなく安定剤を飲み、大丈夫と心に言い聞かせながらお昼ご飯を私たち家族と、お客様と、近くにすむ両親の分支度し、皆がそろってからは心の半分では楽しく会話し、いつのまにかお茶の時間の頃には落ち着いていました。

昨日(土曜日)は午後まで安定していましたが、夕方夫が買い物に出かけている時に急に不安になり、手がふるえて、歯の根が合わなくなってきました。また安定剤を飲み、帰ってきた夫にしばらく背中をさすってもらっていたら、夕飯の支度の頃には落ち着いていました。

今日は、夕方まで大丈夫でした(といっても、朝起きた途端に、脈が乱れ始めてややしんどい一日ではあったのですが)。夕食の支度をして、息子と向かい合って食べ始めたとたん、急に浮遊感が強くなって味がまるでわからなくなってしまいました。ふと、昔、お見合いをした時にあまりの緊張でこんなことがあったような記憶がよみがえってきて、なんだ、あの頃からあったのかも、と思いながら落ち着こうとしたのですが、どんどん強くなってきたのですぐに安定剤を飲みました。だいたい、向かいに座っているのは息子なんだから、シチュエーション的にもここで緊張するのは正常な反応ではないことに、我ながら泣き笑いしたくなる気分でした。夕食後は、落ち着いていたので、近くのコンビニに散歩に出かけ明日の朝のために牛乳を買ってきました。今はもう大丈夫。

こんな感じで、ここ数日やや不調です。何とか薬で切り抜けていますが、明日は朝から公文に行かなくてはならない。公文の仕事自体は負担ではないのですが、私にとっては少ししんどい部分があります。まず、場所が狭い階段を昇っていくビルの2階です。そこはワンフロアで、びっしり学習用の机が並んでいて余分なスペースがありません。私たち採点スタッフの座る席は一番奥まったところにある机です。狭いので椅子を十分にひく余裕がありません。トイレはありますが、始終子どもが出入りをしている上に、私たちスタッフは行く暇がありません(もちろん、行かないで済むなら行きたくはないのですが・・)。この圧迫感に、早く慣れたいのですが、特に今は夏休みで子どもたちが朝の9時から一斉にやってくるので常に満席状態、かなり心理的圧迫感をプラスされています。頑張って続けたい。怖い。明日もまたこの両方の感情を心の中の天秤にかけながら過ごすんだろうな。

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本屋さん

「食事の後で本屋に行くとトイレに行きたくなる」とは、昔ご近所さんだったWさんとだけ合点しちゃうただの現象だと思っていたけれど、実は生理学的にも説明が付くことだと、いつだったか耳にした。その時は、まあどうでもいいというか、説明されるより本屋にきれいなトイレを備え付けてほしいと思ったものだが。

でも、時には説明してもらって、すごく心の持ちようが変わる事だってある。

最近、「PDになってから本屋が苦手になった」という独白をいつもおじゃましているブログで読んで、はたと思い当たった。まさにそのとおり。といっても、私の場合は本屋ではなく、たくさんの商品が陳列してあるお店、スーパーで同じ症状を連発していた。そうした状態の頃は大好きな本屋とか雑貨の店には行く元気もなかったので、「スーパーがだめ」なのかと思っていた。買い物途中に、通路で気が遠くなりそうになり何度か買わずに帰ったことがあったが、あれは、商品が並んでいるのを見ることによる、視覚的圧迫だったのか・・・・(スーパーが、つまり買い物とか家事の延長がつらくて症状が出ているのかと思っていた)

その方が書いているとおり、「迫ってくるような感覚」を感じて、いてもたってもいられなくなっていたなぁ、と思い出す。

そう気づいてみれば、車を運転しているときに突然回りの景色のスピードが変わってしまう感覚にとらわれてハンドルを握る手が震えてきたり、ブレーキを思い切り踏んで足を突っ張りたくなることがあるのも、視覚からくる刺激がなにかの誤作動で脳に危険だと勘違いさせるため・・・なのかも。

説明が付いたじゃんと思ったら、なんとなくほっとした。

今ではスーパーは克服したと思う。ところが、少し出歩けるようになって本屋にも行くようになったこの頃、なぜか突然店から逃げ出したくなる衝動にかられることがある。つらつら考えてみるに、「しっかり見ようとする」とだめなんじゃないだろうか。といって、本はしっかり見ないと買えないので、困るけれど、まあ、具合が悪くなっても、その場から立ち去ればいいことだからそれほど深刻ではないかも。それより、ずっと心につっかえていた「苦手な状況にいやいや接するから反応するのでは」という後ろめたさのようなものが払拭され、気が軽くなった。だって、本屋は大好きなんだもの。

最近お邪魔させていただいているお二方のブログです♪

もとCAで、楽しい裏話もいっぱいの、エメラルドKさま

http://emeraldk.blog64.fc2.com/
ブライダルのお仕事をしながら育児もがんばっているみかさま

http://blog.goo.ne.jp/mina0526ken1027

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講演会

脳みそはちゃんと覚えている、と信じよう。

日曜日は、公文の英語教育についての講演会があった。電車で出かけなくてはいけないところだったのでちょっと気が重かったけれど、誘いを受けたときには断れなくて「行きます」にマル。日が迫ってくるにつれ、ネガティブな感情優位になってきたが、「やっぱり行けません」は言えなかった。

朝から空気が重く、午後の出発に備えて昼食をとるものの、砂をかんでいるみたいだ。とりあえず、薬を飲んで、空腹対策にお茶とおやつ、冷房対策にカイロとショールを準備。それから、気を紛らわすためにデジタルプレーヤーも。

もう一人のスタッフのNさんとは、以前から私の体調のこともお話していたし、娘さんが同じような症状をもっておられるのですこし心強く感じていたけれど、今回ごいっしょできて本当によかった。電車に乗ってからも「もしだめそうだったら、袖を引いてくださいね」とか「私たちだけで引き返しても大丈夫だから」(子どもをふたり引率していたけれど、教室の先生もいらっしゃったので)というようなことをさらっと言ってくださったのだ。涙が出そうなくらい嬉しかった。ああ、この人は「わかって」くれている。。そう感じたら、がんばって行かなくちゃと思った。

私も誰かに対して、こんな風に支えになれたら、と思う。

蒸し暑い日だったこともあり、頭がぼーっとして途中すこし気分が悪くなったが、無事に目的地に到着。会場のことも心配だったが、とても広くて、思ったよりも余裕をとって机と椅子が配置してあったので、ドアの近くではなくても端のほうに座れば何とかなりそうだった。スタッフのNさんも隣に座ってくれた。

先生たちは(ほかにも教室の生徒さんが保護者の方と来ていた)一番前に陣取ってる。保護者の方に、なんでいっしょに座らないのか変に思われたかな・・・でも、講演も最後まで落ち着いて聞くことができたし、帰りもちゃんと落ち着いて帰ってこれた。家族以外の、それほど親しくない人と電車でいっしょに出かけたのは初めてだ。

この一日も、糧になりますように!

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プチうつ?

日曜に久しぶりに髪を切りに行った。体調がよいときでも、美容院は苦手である(じっとすわっていることがしんどい)。日曜日は、やや低調だったが、娘が行きたいといったので、もしそれが早く終って私の分の時間、つまり私が耐えられる時間内にできそうであればカットしてもらおうと思った。「こんな感じにしたいんですけど」と遠慮がちにイメージ写真を見せて、「でも、分け目とか髪の生え方とか違うから、こんな風にはならないですよね・・・」と自分から断りを入れ、ああなんて気が弱いんだろうと思う。でも、美容師さんとの会話を頑張りながら、たった1時間ほどをなんとか乗り切った。そのわりには、今までにないほどイメージどおりの出来ばえ!帰りはうんと心が軽くなっていた。

しか~し、誰もこの変化に気付いてくれない。気付いているのか、それとも言及してくれないのか・・・その日の夜は実家の両親と弟と私たち家族で食事をしたのに、次の日はゴスペルグループの練習に行ったのに、公文にも行ったのに(まあ、子どもに髪形へのコメントを求めるのは無理だと思うが)、ようやく今日になって宅配の人が「あ、髪を切られたんですね~」と言ってくれるまで、一体何人に会ったことやら。

私にしたら、美容院に行った、ということ自体が「がんばった」ことな上に、イケテルかもって気持ちがあるものだから、なおさら「どう?どう?」って心の中で思っているわけだ。でも、それを自分からは言わないで、気付いてほしいと思っている。そうして、誰も私を見てくれないわ、なんて恨めしく思っている。なんで?

ひょっとしてプチうつかも。いかん、いかん。私とて周りの人たちの変化に気を回しているか?

ゴスペル仲間が最近水晶の販売を始めた。私が去年の秋頃からしばらく活動を休んでいた間に立ち上がった話なのか、まだ状況がよく飲み込めていないのだが、先日行ったら「○○さんにしか行かないっていう石をみつけたよ」といきなり言われた。見ると、普通の水晶よりもみぞれかかって少し変わった感じの石が銀か錫のへびのワイヤで固定されたペンダントヘッド。あなた用だから、といわれても、ほしいと思ったことはなかったんだけど、ここで断るのも悪いなぁとしばし固まってしまった。彼女もそんな私の気配に値段を言いよどんだので、さらに重い沈黙・・・

「6500円でいい?」

微妙な値段だよなぁ、「高くてちょっと~」ともいえず、ひとつ返事で「いいよ」ともいえず、結局人間関係を尊重した形で(笑)承知した。

当ててみると、少し重いけれど透き通るような輝きがあって、結構美しい。6500円は、今の私にとって数日分の仕事に相当する金額だけに、そのあともしばらくひっかかりがあったけれど、私があまりこだわったらせっかく私に合う石を見つけてくれた彼女の気遣いに水をさすことになるよなぁ。

ありがとう、って言ったけれど、心底の言葉じゃないなって自分でも思っていたから、伝わってしまったかもしれない。ちょっとぎくしゃくしている気がする。

人の心が読めない。というより、こうなのかな、ああなのかな、と思い巡らせずぎて、だんだんドつぼにはまってしまっている感じ。なんで、もっと素直に言葉が出ないのかな。

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収穫

研修を受けたばかりで、初めての英語担当の日。「ベテランの先生が横についているからなんでも聞きながらやってくださいね」と言われて安心して行ったら、なんとその先生が急病でお休み!

最初の音読チェックから、成績表への記入の仕方、その日の教材や宿題の枚数まで、全部生徒の子たちに教えてもらいながら、なんとかやり終えたが、頭の中は混乱していて、かなり浮遊状態になってしまった。スタッフとしての他の教科の採点も、ものすごく忙しくて、英語のコーナーに子どもがいない時はそちらも手伝っていたが、採点の箱の中はたまる一方で、気持ちがどんどんあせってだんだんと落ち着かなくなり、時々気が遠くなりそうになってきた。

やばいなぁと思うだけ、まだ冷静だった気がするが、正直この状態のときは薬を飲まないとまずいことになるというのが今までの体験からわかっている。でも、薬を飲みに行く暇もない。始終トイレに行きたい感覚をがまんしながら作業を続けているうちに、あぁどうしよう、と頭の中がそうした症状に集中し始めていて、本当にまずい、と思った。叫ぶ・・ことはないけれど、衝動をおさえられなかったらどうしよう、と真剣に心配になり始めたので、自分を落ち着かせるために、『これを、採点し終わったら、ちょっと隣のスタッフさんに声をかけて席をはずさしてもらおう』と言い聞かせた。そして、「これ」が「次のこれ」になり、また「もうひとつ」になり、「あとひとつ」、「もう一個いけるかも」となっていくうちに・・

結局、薬は飲まなかった。ピークのしんどい状態を超えたら、まだしんどくはあっても、安定感がややもどって、大丈夫になったのだ。私にとっては、大きな収穫。

いつもこんな風にうまくいくかどうか、わからないけれど、やばい、やばいという状態を一度乗り越えたという記憶は次につながると思う。帰ってからも、しばらく手が震えていたけれど、忘れないうちに書いておこうと思った。

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思わぬところに伏兵が。。。

最近、体調もまあまあで、つらい症状が出ても、なんとかやり過ごしていけるようになっていたので、病院でも薬を減らしていきましょうといわれたばかり。ところが、ひょんなことで、また危なくなりかけてしまった。

今週の日曜、町内会のお仲間さんたちとのお付き合いで近くのお寺につつじ狩りに出かけた。残念ながらつつじの時期は終わっていたが、おかげで人も少なく、花見の頃にはにぎわうという境内のくぼ地もしんと静まり返って、ときおり鶯の鳴き声が響き、若葉が実に美しく、風もさわやかな絶好の日和だった。

ところが、その夜、とてつもなく恐ろしい夢を見た。

こわい夢はよく見るほうで、起きてからも、どんな夢だったか思い出せることも多い。それでも、こんなに尾をひくくらいはっきりと覚えていて、しかも背筋がぞくぞくする夢は初めてだった。(とても鮮明ですが怖いので書きません)

夢は、なにか見聞きしたことが関係しているとは思う。その夢の中のいくつかのエッセンスは確かに覚えのあるものだった。しかし、なにかが尋常でないと思わせたので、霊感の強い友人に相談したところ、ビンゴ。

私がこわいのは、そういうものも、だけど、それが怖くてパニックを引き起こすことだったが、やっぱり兆候がでてしまった。いつまで続くだろう・・・そっちのほうが気がかりで、もう何をしていても上の空。娘のベッドで「せまいよ~」と文句を言われながら寝たりもしたが、体育祭前で疲れ果てている娘を熟睡させてあげなくちゃいけないし、苦肉の策は、電気をつけたまま寝ること。部屋の入口にあるダウンライトをつけたまま寝ている。怖くはないけど、まぶたに明かりを感じて、なかなか寝付けない。仕方が無いので布団を頭までかぶるが、今度は息苦しくなって眠れない。すったもんだしながら、結局いつのまにか寝てしまうのだが、どうせそうなら消して寝れそうなものが、できない。ああ、困った。

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空の旅

ちょっとしたつながりで、最近CA(キャビンアテンダント)モノが気になっている私。ブログとか、コミックとか、ドラマとか。初代『アテンションプリーズ』が小学校低学年の頃、思い返せば主題歌のEPも持っていました(笑)。

ただ、最近のマイブームの理由はそのあたりではなくて、等身大のCAさんが見えると、もしかして飛行機が怖くないかもしれないという、あたり。要は、気をそらすことであって、そらすことができるくらい興味があることをたくさん持つことが解決の糸口なんだよね。(そらそうと思っても、頭の中でいったん定まった方向軸を転換させるのはものすごく大変)

ちょうどテレビで『アテンションプリーズ』リメイク版(上戸彩主演)がやっています。リアルタイムの時はまったく興味がなかったけれど、マイブームがやってきた今、面白いです。見ていると、不思議と飛行機に乗れそうな気がしてくるのです。うまいこと、憧れ心をくすぐるようなシーン満載だからかな。まあ、実際の職場から見たら、ツッコミどころがいっぱいなのでしょう・・・

飛行機に乗ってみたいな~離陸の時の加速と、着陸の時のブレーキを体感するのが大好きなんだけどなぁ。ジェットコースターみたいに、あっという間に着けばいいんだけどね・・ってそれは無理な話。

う~ん、でもその前に、空港へ行くまでの電車を何とかしなくては。

こんな本があるそうです。なんだか怖くて、手が出ませんが・・

Photo

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春を待つ

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秋に植えたクロッカス

スイミングでスランプ気味。わたしらのクラスには「アネゴ」がいて、その人を中心に楽しく泳げればいいのよ!といったおばちゃん的いい加減さがほどよく漂っているのだが、それにいつもは適当にあわせてくれていたコーチ陣が最近ちょっと力の入れようを変えてきてる。コースに2人も入って、ビシバシチェックを入れているからこっそり手抜きもできない。とほほ。

気分転換したいなと思うけど、このごろ「遠出だめモード」なので、余計に滅入る。

春が早く来ないかな~~って気分。

小学校のPTA活動があと少しとなった。最終号の校正をもう一回終えたら、あとは発行を待つだけだ。

解放感も手伝って、めったに気に留めたことも無い研修会に、「おいしい紅茶の入れ方」という題目に惹かれて参加してみた。始まってしばらくはやばくなったら隣のPTAルームに逃げて、薬を飲んで・・・というシュミレーションばかりが頭に何度も浮かんできたけれど、向かい側の人と話しているうちにだんだんと落ち着いてきた。200円の会費でおいしいお菓子付きだったしね。

紅茶の葉っぱの話は、いろいろ見聞きしてるからある程度は知っているのだが、入れるときのお湯の状態(沸騰してから、煮立て過ぎないまでの湯を使う)と、蒸らしの効果については新しい情報だったので勉強になった。ふだん、ティーバッグで入れるときなど、最初からあきらめて適当にしていたが、ふたをしてちょっと蒸らすだけでも香りとコクがかわってくるそうで、そのちょっとの気遣いでもお茶の時間がより楽しくなるんだなと思うとひと工夫を端折ってしまいがちな自分がいかに『いい時間』をぽろぽろとこぼしてきたことか・・・

ただ、やっぱり紅茶は今の体調にはだめなのかも。あんなに好きだったのに、低調のときは特に後が悪い。帰ってからもずっとめまいと胃重感と動悸に悩まされた。残念だなぁ。

日曜の夕方は近くのホールで上映された『フラガール』を娘と一緒に観に行った。このホールではちょうど去年の今頃『Always3丁目の夕日』が上映されたが、楽しみにしていたのに、ついに行けなかった。というのも上映の直前になって映画がアカデミー賞を受賞したため、当日思わぬ人出になり、あまりに人口密度の高いホールの中に入る勇気がでなかったからだ。そして今回も同じことに。(作品賞、助演女優賞)

しかし、家の中で悶々と迷い迷った挙句に、今年は観にいった。最終回の午後5時はそれほど多くもないだろう・・・せめて一番後ろの列の端でも空いていれば・・・(有難いことに余裕で空いていました)

行った甲斐があった、いい映画だった。日本映画にずっとご無沙汰していたのは、あまりに心の細やかさを描くためか見ている人を揺さぶりすぎるような傾向に辟易していたからだが、こんな風に笑いとペーソスを交えながらを淡々と描いたものは、逆にそのセリフの行間、その表情のうらにたくさんの想像の余地を残してくれて、ゆったりしたきもちでみれるような気がする。涙腺もゆるんで、精神的にもずっと閉じ込めていたものが少し開放された。

それでもやはり帰りはぐったり疲れたので、ひさしぶりに娘のリクエストに答えてマックで夕食。まあ、いいか。

こうやって振り返ってみると、ちょっとの勇気がいいほうに回っている。

このまま春を待とう!

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そのスピードで

たしかこんな歌があったよね。

私はいつも自分が周りと同じスピードで走っている感覚がほっとする。

歩きながらのスピードで、道端の風景を眺めている時の気分が好きだ。

隣を大好きな人たちが同じスピードで歩いてくれていると思うと心強い。

Don't walk in front of me

I may not follow

Don't walk behind me

I may not lead ;

Walk beside me &

Just be my friend.   <anonymous>

Caligraphyを習っていた頃、私の大好きなこの詩を先生がカードに書いてくださった。

ふと気がついたときに、自分だけが前を行っているなんてことはあまりないけれど、その逆は時々ある。それは、また新鮮で、楽しくて、寂しくて、悲しい瞬間。

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みんながんばっている

たまたま見つけたパニック障害(PDというそうだ)の方のブログ。私のブログは見てもらっても参考にならないと思うのでリンクはしていないけれど、最近ちょくちょくお邪魔している。

たまたまというのは正確ないきさつでは無くて、実はいままで横のつながりを意図的に避けていた。患者の会のようなものもあるが、逆にこの症状を意識しすぎてしまうことで、自分の状態を悪化させることのほうが怖くて、あえて踏み込まなかった世界だった。

が、覗いてみると前向きに頑張っている人がいることを知って、勇気がちょっと出てきた。出先で危なくなったときに、自分だけじゃないぞと言い聞かせたりしている。

それに収穫もあった。自分にとって、これはパニックのせい?それとも自分の性格のせい?それとも年のせい?と判断のつかない症状が結構あったのだが、そのほとんどが解決したからだ。

体にフィットしすぎる服や重い服がだめ

暑さ、寒さに異常に弱くなった

調子が悪いときに横になるとさらに悪化する

太る(やっぱり・・・)

⑤貧血でもないのに、低血糖でもないのに、そういう症状が出る

⑥歩いている時、突然足腰に力が入らなくなって、その場に倒れこみそうになる

これ、全部共通項目らしい。ほっとした。

パニック障害と一口に言っても、自律神経の暴走によるさまざまな症状にトータルに苦しんでいる人や、限定的な症状を持っている人や、ある状況においてのみ発作を起こすという人や、まあ、いろいろだ。いずれにしても、共通しているのは、その発作の時の苦しさ、人格が崩壊するのではないかという恐怖感だと思う。

過呼吸とか過敏性大腸症候群とか、いわゆる自律神経の暴走だけを口にすると、そんなの私だってありますよといわれることが多い。もっとパニック発作のことを正確に伝えないと甘えていると思われてしまう。

ところがこれがうまく伝わらないんだな。死にそうな感じとか、気が変になりそうとか、あまり言うと精神的におかしいのではないかと誤解されそうで、おまけに、じゃあどうしてほしいんだと、言われても、これがまた自分でもわからない。発作が治まるまで耐えるしかないわけだし。

でも、そんな苦しさをみんな抱えているんだと思うだけで、心強くなる。

パニック障害の人が急に死にそうな顔で助けを求めてきたら、話しかけたり、手を握ってあげたりしてあげてください。背中に手を当てて暖めてあげたりすると少しは苦しさが和らぐことがあります。薬をもっていれば、30分ほどで落ち着くことも多いです。

パニック障害の人にも、いろいろな段階があります。症状のひどいときには、鬱になりやすいので適切な対応が必要です。回復期の人は、もともと几帳面だったりまじめな人が多いので、一生懸命がんばって普通の生活ができるようにとリハビリに前向きに取り組む傾向があります。周りの人がサポートしてくれるととても助かります。

短期間で上手に克服すると予後がいいようですが、罹患期間が長いと、安定していても、どこかに不安を感じながら生活しているケースも多いのです。いつまでも逃げ道を作っているかのように見えるかもしれませんが、本人はなんとか克服したいと思っています。気長に見守ってあげてください。

こんな風に書いていたら、また暗澹たる気持ちになってきた。そうだよ、パニック障害を持っている人は、「できないことがあってもいい」と開き直ることも大事。人生においては失うものだってあるのだ。克服するだけが唯一の道ではないはず。失ったことで別の何かを得ることがまた人生の醍醐味だと楽しむのもいい。

ただ、発作の苦しみだけは、みんなで励ましあって乗り越えていけたらいいな!

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ここにいるんだよ

認知症という言葉は次第に浸透してきたが、認知症そのものについての理解はまだまだこれからなんだなあということをあらためて感じた。

その人と同じ靴を履いて歩くこと。バリデーションと呼ばれる、介護のひとつの方法が今朝のテレビで紹介されていた。不安げに徘徊する人の目をしっかりと覗きながら、話しかけ、相手の言葉を受け止め、時には一緒に同じ動作を繰り返し、硬く閉ざされた心を少しずつほぐしながらその奥にある感情を引き出していく。こわばった顔が少し緩んで、ほんの少しその人の気持ちが表に出てくることがある。人が持つ不思議な力に感動する。

映像を見ながら、いろんなことを思った。大勢の中にいたある人が、不安そうに立ち上がって歩き出した時には、それまで自分とはまったく無縁のものだと思っていた「徘徊」という言葉が私を突然揺さぶった。これは、私があの頃、家の中であてもなくうろつきまわったり亀のようにじっと動けなかった状態と同じものではないのかしら?自分の落ち着き先がわからない、自分が何者であるのかわからない(もちろん、それはわかっていたけれど)、だから認知症の人は足をとめたくても止められないんじゃないのかしら?歩き回るその人の心象風景が自分とだぶるようで、ドキドキする。そして、ある光景を思い出す。

ずっと前に、『君が教えてくれたこと』という、高機能自閉症の女性が主人公のドラマがあった。好きな俳優が出ていたので、何気に見てたのだが、その中でこんなシーンがあった。パーティ会場のざわめきの中で、しだいに落ち着かなくなった主人公が、パニックに陥る。そこに居合わせた精神科医が、女性をしっかりと抱きしめて「大丈夫だよ、君はここにいる」となんども言い聞かせる。

そのとき、私もぼろぼろ泣いた。そういって欲しかったのは、私だったんだと気付いたからだった。あの捉えようもない不安感を、認知症の人も味わっているのではないか、という思いは、ほんの少しの安心と、ほんの少しの不安をもたらす。

ドイツでは、10年前にアルツハイマーが発見されてから、ずっとこの病気に取り組んできているらしい。さすがに哲学と心理学の国(?)だからか、脳生理学や薬だけでなくて、精神的な面からのアプローチが進んでいるとみた。教育と医学はなんとなくドイツが気になる私。

とはいえ、日本人の精神性にあった介護というものが、やはりあるのではないかとも思う。ローカルだけど話題の宅老所「よりあい」(これは、新聞のコラムで話題になり、本にもなった。『ぼけてもいいよ』(村瀬孝生著))は、日本人にとって(たぶん今の時点での老人だけかもしれないけれど)一番くつろげる空間だからこそ、こんなに反響と共感を呼ぶのではないか。そこは、井戸端であり、茶の間であり、背中を向けていても、息遣いが感じられる空間だ。ずっと長いこと、日本人が暮らしてきたのはそうした空間だった。西洋のように、小さい頃から部屋をあてがわれて、「個」として自立することを大切にするお国柄ではなかったのだ。体が元気であれば、近代的な設備と、プライバシーを重視した設計の老人ホームもそれなりに居心地がいいかもしれないが、病気になったり、悲しみや不安をかかえながら、そういう施設で暮らすということが合っているのだろうか。相手がどんなに誠意のある、熟練した介護プロであっても、いきなり手をとられて目を覗き込まれて、マンツーマンで話し掛けられたら・・・遠慮する人が多いだろう。なんとなく、ちょっとした距離があって、お互いの間にある空気が自分たちの感情を適当に暖めたり冷ましたりしてくれる空間が恋しくなるんじゃないかなぁ。

余分なことだけど、西洋式の「個」の導入の仕方に、日本は失敗したんじゃないかと、この頃すごく感じる・・・

ただ、悲しみを背負った人の心は、きっと万国共通なんだろうと思う。だから、心に寄り添うこと、やり方はちがっても、その気持ちを持ちながら、介護すること。母親が認知症になったことで、なにが一番辛いですかという質問に、「母と昔のように会話ができないことが一番辛いんです」と答えていた娘さんを見て、私はちょっと胸が痛んだ。私は、この人と同じように、母親との楽しかった会話を切なく思い出すほど、今よい親子関係を送っているんだろうか。介護の問題は、いつかくる問題ではなくて、今の過ごし方そのものでもあるんだよね。

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暴露療法?

年末からの疲れがたまったのか、年明けからまた体調を崩している。

毎日のように続く動悸のために、なにもしていないのに、走り回っているかのような息切れと疲労感。

まるで病み上がりのようなだるさを感じながら、プールに行った。こんなに調子が悪いときになにも無理して行かなくても、という思いもあったけれど、これが精神的な疲労ならむしろ体を動かしたほうがいいのかもしれないという考えもあったので、結論は先送りにしてとりあえず中に入る。

更衣室でコーチに会ったので、あんまり動悸がするときに運動しても大丈夫なものかどうか、聞いてみた。

コーチ「安定剤は飲みましたか」

私「それが・・・朝飲んだかどうか、忘れてしまって(そうとう疲れているな)。あ、でも、もう一回飲んでみます」

が!

実は、いつも携帯している安定剤がなくなっていた。ここ数日、出先でふらふらになるので、そのたびに飲んでいたためだ。帰って早めに薬を飲むべきだろうか・・・ロッカーの前でしばらく悩んだけど、思い切って着替えてプールサイドに行った。

私「持っていると思ったんですが、なくなっていたので」

すると、コーチがびっくりして、あなた、よく平気なのね、と私をしげしげと見つめたので、逆に私が落ち着いてしまって、この瞬間立場が逆転した。こういうことってあるんだよね、たとえば、娘となら電車に乗れるっていうのも、もし何かあったとき娘がたよりになるかっていうより、私が彼女を守る立場であるからこそなにかしらの「力」が働くからなんだと思う。(なんだ、その程度のことか、と言われそうですが、この病気で苦しんでいる人のためにも付け加えておきます。本当に危ない時は、子どもが近くにいることが逆にものすごいプレッシャーなのです。守れない、わけですから。逆に傷つけるかもしれないわけですから。つまり、こうした『力』を感じることができるようになったということが、ひとつの段階なんです)

そんなわけで、それから先のコーチとの会話は、私自身が大丈夫だと思える一つ一つのステップを踏みしめていくための確認作業になった。

コーチ「大丈夫。とにかく、私も持っていますから」(私は、それが私に効くのかなぁと、すでにこの会話をほんの少し楽しんでいる。まったく、困った生徒だ。ごめんなさい~)

アドバイスどおり、その日は泳がないで、体が冷えないようにウォーキングをし続けた。なんと、泳ぐよりしんどかったが、運動していると、しんどいのが当たり前なので、動悸も気にならないことに気づいた。

翌日はさらに体がだるかった。そりゃ、あの状態でさらに運動したから当然。でも、不思議と動悸がしなかった。あれ、今日はないんだ・・・と、いくらか落ち着いている。でも、めまいが半端じゃない。冷や汗がでる。

いつまで続く、この神経の暴走。

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たくさんの手に支えられて

人の大勢集まっている、閉ざされた空間。それが苦手なことをほんの少し忘れかけていました。最近そうしたところへ行くことがあまりなかったので。

今でも参観日の教室はちょっと気合が必要なのですが、それでも廊下から覗くだけではなくて、教室の後ろの隅になら立てるようになってきました。

何度かチャレンジしている劇場も、席を選んで、はさまれないようにして、何より自分がそれを聞きたい観たいという気持ちを盛り上げていくようにしています。そうやって、少しずつできることを増やしてきたここ数年。

先日、高校の同窓会総会というのに行ってみました。電車に乗っていかなければならない場所なのでもう20年くらい行こうとも思わないできたのですが、たまたまその会場の隣で息子たちの演奏が直前にあったので、夫が車で連れ出してくれたのです。卒業生は私だけだけど家族も同伴OKとのこと、思い切って、覗くくらいの気持ちで行ってみよう、と足を向けました。

20年位前、まだ卒業して数年の頃は、高校の体育館で行われていたので、勝手知ったる体育館(もちろんその頃はパニック発作とは縁がなかったし)、結構出席率の多い同窓生、行けば誰か話せる人もいたし、新米OBたちは会場のはじっこでマイペースで楽しめたのです。いい思い出です。でも、今回は大きな会場を借り切っての懇親会だし、同窓生に知った人がいるのか、どのあたりの席なのか(これが特に心配)、ドキドキしました。

会場案内を見てみたら、まだまだ、私の代はペーペーでした^^大先輩がステージから前半分にびっしりと陣取っておられるので、これなら後ろの方で、「私の会費」で夫と娘と三人分気楽に食べちゃえそう・・・と安心したのですが・・・広い会場とはいえ、相当な人のざわめきにだんだんと落ち着かなくなってきました。食べていても味がしなくて、目の前を行き交う人たちの姿がまるでスローモーションのように見えてきました。ああ、もうだめだ、と思い、帰ろうとした時、思いもかけない方向から私の名前を呼ぶ声がしました。

見慣れた顔の女性。でも名札の名前に心当たりがないんです。少々ぼやけ始めていた頭では、誰だったのかすぐに思い出せない私が半分引きつった笑顔でいるのに気がついて、「旧姓ですから」。「あ!ほらほら、プラネの、知ってるよね」と娘にふりながら、まだ名前が出てこない私(おいおい)。そう、彼女は以前プラネタリウムで仕事をしていて、今は東京在住なのに、この同窓会の当番幹事としてはるばる手伝いに来ていたのです。恐る恐る偵察のようにやってきたものの、人ごみにクラクラして帰ろうかとしている私とは何という違いかしら。溌剌として仲間の同窓生たちと会場のあちこちを回りながら、手作りグッズを宣伝したり、楽しそうでした。でも、たった一人、声をかけてくれる人が、この中にいたんだというだけで、私も嬉しくなって、結局その後すぐ抜け出して帰ったのですが、打ちひしがれて帰るということにならなかったんです!よかったぁ。

去年の秋から、近くのスイミングスクールに入りました。実家の近くに(とりあえずということで)帰ってきてもう7年目。泳ぐのは好きだけど、一人で行動することができない時期が長く続いていたので、ようやく一人でプールに行けるようになったのが、2年前の秋頃でした。最初は朝、安定剤を飲んでから、泳いで、というのを随分続けて、だんだんと飲まなくても一時間くらい泳いでこれるようになりました。そうして週に一回くらい通ううちに、隣のコースでレッスンを受けている人たちがなんだか楽しそうに見えるようになったんです。それがひとつの進歩だったと思います。周りが見えるようになったんですから。でも、クラスに入ると、また知らない人たちと一緒に行動することになる、それは結構大きな壁でした。ヨガは以前にもクラスで習っていましたが、スイミングとなると、次々に自分の番が回ってくるわけですから、勝手が違うのです。

自分の中に大きな理由をつける、それが大事なんですね。そうだ、4つの泳法を習おう、そして、自分で自由に泳げるようになったら、また好きなときに来て泳げるじゃない。これで自分の背中を押して、申し込んで、もうすぐ1年。

正直最近少し行き詰まってきていました。去年の冬からの、新しい症状の加わりに拠る、薬への依存度の増加。一週間に1回、曜日が決まっているだけにその日に体調を合わせるのが難しいのです。元気になりたいからプールに行っているのか、プールに行きたいから体調最優先で他のことを後回しにするのか、わからなくなってきていました。もう少し負荷の少ないコースに変更しようか、また以前みたいに体調のいい時に自分のペースでプールに来ようか、迷ってコーチに相談しました。

びっくりしました。溌剌として、元気そのもののように見えるコーチも、私と同じ症状を抱えていたのです。そして、今までにない強さで、背中を押してくれました。

時には、背中をやさしくさすってもらいたいときもあります。ぽんっと軽くたたいてもらいたいこともあります。私の弱さを知っている友人が、言葉を選びながら、諭してくれるとき、同じ苦しさを知っている友人が、アドバイスをしてくれるとき、何も知らないけれど、その人のもつおおらかさで受け入れてくれるとき、そうした温かい心に支えられてずっとやってこれたけれど、こんなに強く押してもらったことはありませんでした。

性格によって、どのように自分と向き合うかは違います。友人にもパニックで苦しんでいる子がいますが、彼女はどちらかというと無茶をして乗り越えようとするタイプです。コーチもひょっとしたら、逃げないで挑戦することで自信をつけて乗り越えようというタイプかも。私は臆病で、慎重です(これに関しては、ですが)。戻りたくない、失敗してまた戻るのが一番怖いからです。一人で家の中で、うなったり、泣き叫んだり、動物のようにわけもわからず徘徊したり(自分で止められません)、大切な子どもを傷つけるのではないかという恐怖心に駆られるのはもうたくさんなのです。いっそ気が狂ったら楽だと思うのはもういやなのです。普通に育って、人並みに出来がよくて、いい子だと周りから褒められて、何でも持っていると思われながら生きてきた私には失うものが大きすぎたのかもしれません。この慢心が自分で自分の首をしめたのかもしれません。でも、もういやなんです。せっかく、ここまできたのですから、せめてこのままの生活を続けて、同じような悩みの人の何か力になれたらと思えるようになってきたのですから。

それでも、コーチの押してくれた力に乗ってみようと思います。無茶はせずに、でも、もうすこし勇気をもって立ち向かってみようと思います。

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今日の運勢

毎朝、新聞を開くと最初に見るのが「今日の運勢」。これに何度背中を押されたことか。そして、時には、あまりにも見透かされたような指摘をされて、朝から落ち着かなくなったこともある。やめとけばよいのに、とその時は思っても、やはり今日も見る。

4月28日(金曜日)仏滅『攻撃こそ最大の防御。守りに回ると苦戦の連続になる』

この日は、息子の高校の保護者会だった。全体の説明会と学級懇談があるということで、事前の出欠確認の時には「頑張っていってみようと思うからマルにしておいて」と伝えてあった。しか~し、その日が近づいてくると、だんだんと目に見えないプレッシャーがのしかかってきて、前日には『電車で30分乗っていく自信が出ないというか、それをしている自分が描けない』状態になっていた。

朝、運勢を見て、再び頑張らなくてはという思いが湧き上がってきたのだが、娘が起きてきて「気分が悪い」といった瞬間、『明日から連休だし、今日病院に連れて行かなくちゃ』→『やっぱり今日はいけなくても仕方ないという運命かも』図式で自分をごまかすことにしてしまった。(もちろん、娘を母に頼んで、出かけることだってできたから)

小児科の待合室で、ぼんやりとテレビを見ていた。仕事中の事故で片手の自由を失った人が、その手でも箸を持って自分で食事がしたいという強い想いを抱いて、なんども失敗を繰り返しながら一人一人の障害に合わせた補助器を作成する仕事に自分の生きがいを見つけるまでの話だった。「勇気は持つものではなくて、出すものだ」という言葉が、私の心に突き刺さった。ごまかしている自分を見透かされたようで、涙が出そうになった。

電車に乗れないのが辛いのではない。いつか、そのうちにと前向きに考えていると思う。でも、今日という日はもう二度とこないのだ。今日行ってあげられなかった、その情けなさを今までも何度も抱きつつ、また繰り返している自分が本当に悲しくなった。

授業参観に行ってあげられなくてごめんね。運動会を最後まで見てあげられなくてごめんね。幼稚園のお迎えに行ってあげられなくてごめんね。遠足に付いていってあげられなくて、ほんとうにごめんね。何度も、何度も、泣いたのに。

結局、勇気を出すことができなかった。

5月10日(水曜日)仏滅『失敗を恐れて動くと九割は仕損じ。成功だけを信じて。』

いつももらっている薬が、明日までしかない。どうしても、今日病院に取りにいかなければいけないという日。朝、Oさんに電話をかけた。頑張って電車に乗ってみるから、病院が終った後しばらくつきあってもらえないかしら、と聞いた。Oさんはすぐに「いいよ」と言ってくれた。本当は、そのあとで一緒に映画を見て帰ろうと思っていたのだ。でも、映画を言い訳のように誘うのはなんだか自分が卑怯に思えて言い出せなかった。私はOさんと映画を見たかったのではなくて、ただついていてほしかったのだから。

特急の止まる隣の駅までタクシーに乗った。運転手さんが私がため息を付いているのに気がついて「なんだか、気の進まない用事なんですか?」と聞いてきた。私は正直に、電車に乗るのがなんだか億劫で・・・と話した。降り際に運転手さんは「じゃあ、頑張って行ってきてくださいね!」と励ましてくれた。こんな、ささいな会話でも、この日の私にはちょっと心強かった。そうだよ、「信じよう」。

昨年の秋に、電車から飛び降りて以来、久しぶりに一人だけで歩く。切符を買う。乗る。ふつう、パニックになると特急はだめ(途中下車ができない)なのだが、今回の場合目的地までの所要時間が大してない上に、特急だと人と距離をもって座れるし、最悪の場合デッキに立てば、誰かと一緒に狭い空間に閉じ込められたような恐怖感を感じなくてすむのだ。それでも用心のためにまず乗ったらトイレに行くことにした。何かをしていることが意識を自分に向けさせないことに役立つことは、前回の神戸行きの時にも実感している。席に戻ると、間髪いれずに息子から借りたMDで今度の解説のBGMを聞きながら、日の入りの演出のための機械の操作をどうしていくかに集中しようとした。なかなか思うように集中はできないが、それでも深呼吸をしながらゆったりとしたBGMを聞いていると少し落ち着く。そして、窓の外の風景で目的地が近くなっていることが感じられるに従い、さらに気持ちが落ち着いてきて、ああもう大丈夫だと、ほっとした。

病院の待合室にOさんはちゃんと来てくれていた。私は彼女にいきなり、「もし時間があったら、映画を見ていかない?」と誘った。Oさんはびっくりしていた。びっくりするよなぁ。いったい私は、こういう行動パターンをするタイプではまったくなかったはずなのに、ほんとにずうずうしい。でも、このまま家まで送ってもらったら、もっともっとずうずうしいような気がしていたし、それに、その映画はきっと楽しめると思っていたので、本当に彼女にも見せたかったのだ。

『ダンサーの純情』をそれから二人で観た。とびぬけて秀作とはいえなかったけれど、可憐で、コミカルで、ほのぼのとする映画だった。見終わった後、しばらく二人とも余韻にひたって黙っていたが、エレベーターを降りたとき、彼女が「楽しい映画だったね」と言ってくれた。その瞬間、私は一人で帰ろう、と思った。帰れる。きっと帰れる。朝からいきなり呼び出されて、いきなり映画を見させられて、それでも「楽しかったね」といってくれた彼女の気持ちに本当に感謝していたし、その気持ちを抱きながらだったら、一人で電車に乗れると思えたから。

でもね、Oさんは、私を家まで送ってくれた。私は大丈夫だから、って言ったけど、ずっといっぱい話しながら、送ってくれた。

運勢に背中を押されて、「成功だけを信じて」出かけたから、こんな素敵な一日が送れたのかな、とふと思ったけれど、それは違うような気がした。

信じるということはそんなに簡単なことではない。ただ、また「あした」があると思えたとき、「明日は新しい日だ」と思えたとき、私は「信じる」ということをあきらめないでいたいと思うのだ。

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こだわりは気にしないで

いつものように病院に薬をもらいに行き、1ヶ月ぶりだったのでいろいろ経過報告をしました。

私:「『なんとなく、しんどい』という日々でした。一週間単位で見てみると、どうってことなかったと思えるのに、その瞬間は苦しくてたまらないんです」

先生:「それがパニックだからね」

私:「はぁ」

先生:「薬を減らしていきたいという気持ちもあるだろうけど、性格というのは治らないし、なおす必要もないから、薬を飲みながら付き合っていくという考えでもいいんじゃないか。血圧の薬だって、飲み始めたら、下がったからといってやめることがないのと同じようなもんだよ」(私が服用しているのはSNRI~セロトニン再選択阻害薬~という薬)

『見捨てられたのかな』という思いがちらりと頭をよぎりました。今までかかった病院は転勤先だった事もあってどこもそう長くはかからなかったのですが、だいたい3年を過ぎるとよくなったり悪くなったりの繰り返しに必ずダレてくる。そうして、病院変えたほうがいいなのかなという気持ちが湧いてくる。いわゆるドクターショッピングです。ところが、いつもだったらここで動揺して、その思いに心が捉えられてしまって、どうしよう(@@)状態になってしまうのに、不思議なことに頭の大部分で『ほんとうにそうだな』と自然に思っていました。自分の中で、変わったものがあると感じた瞬間でした。

薬を飲みながら自分の【思うようにならない部分】とつきあっていくこと。

確かにそういうものは、いろいろ形こそ違え、誰でも持っているでしょう。いや誰でも、ではないのだろうけど、多くの人は持っているでしょう。戻せないもの、戻せない時間。何かの事故や病気で後遺症が残っているとか、生まれつきどこか悪くて他の人のような生活が困難な人とか、物理的な苦しみではないけど、思わぬ運命を背負うことになった人とか。そういうことと同じだと考えたらどうか、ということです。何だ、そんなことに気付くまで10数年かかったのかといわれそうですが、パニックは結構手ごわいのでご勘弁。できることなら、【完治】したいときっと誰もが思う症状なので。

今だって、完全に納得したわけではありません。でも、あの時どうして自然に先生の話が聞けたのかなって思うと、その変化を大事にした方がきっといいんだと心が感じている気がするのです。

そして、そうした私の変化には、時間と、薬と、たくさんの言葉がかかわってくれたと思います。友人たちがかけてくれた言葉の数々。

先日、知り合ったばかりの人から、こんなことを言われました。「○○さん(私)て、人の気持ちがすぐに一杯入ってきてしまうんでしょう」。いえ、そんなに気配りが細かい人間じゃありません、と最初は首をひねったけれど、あとでそういう意味ではなく、「こだわりやすい」ってことだな、と気付きました。そしてこれがなおせないし、なおす必要のない性格なんだな、と。そしてそして、この性格が悪いからパニックになったのではないけど、パニックにこだわっているのはこの性格のためなのかもしれないこと。

だから、これから先も、きっと何か心を揺さぶられたら、しばらくは大暴れする神経にくたくたになる日々を送ることになるだろうと思います。それは、私の心や意志とは無関係に。でも、自分でできることもある。薬を飲んで、神経がひどく疲れすぎるのを防ぐことや、「こだわっている自分」を気にしすぎず、否定もしないこと。

時間をかけてこの症状と仲良く共存できるようにしていけたらいいな、とようやく思い始めました。(ただね、この薬って、太るんですよね。それが目下の悩み)

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今年の駅伝が教えてくれたこと

正月番組の定番の箱根駅伝。我が家でも夫が好きなので、毎年のように見ています。私はじっと見ているわけではなくて、つまみ食い専門ですけど。でも、今年はちょっと感動しました。何にって、これがちょっと意外な感動。

『人間の体は不思議だ!』

先にも書いたように、リアルタイムでつまみ食いだった私は、翌日の新聞を読みながら、「ブレーキ」なんていう酷な言葉を、こんな渾身の走りを見せた人間に使うなんて、ひどいなあ、とぼんやり考えておりました(復路の順天堂大学のキャプテン君のこと)。すると、次に目に入ったのが順天堂大学監督さんの談話。

『責任感が強い子だから(足にアクシデントが起きたことで)パニックをおこして脱水症状を引き起こしたと思う』

過去にも、マラソン中に脱水をおこして、ふらふらになったり、棄権した選手の姿を見たことがあります。でも、これだけトップクラスの選手たち、何度もいろんな条件のもと練習を重ねてきているのだから、水を何ccかそこら飲んだか飲まないかで、簡単に脱水になるんだろうか、と私は常々不思議に思っていました。

そこに、パニックという文字です。どうしても、この言葉には反応します。自分がそうですからね(苦笑)。

そうか~こんなにトレーニングを積んだ人だって、一瞬にして、混乱しだすと頭だけじゃなくて、体全体まで、おかしくなっちゃうのですね。いつもだったら、自分のことに重ねてしまって動揺するのが、今回に限っては動揺することも忘れて感動してしまいました。頭から足先まですべてがつながっているんですね。だからトータルで見なきゃ分からないし、信じられないような症状の連鎖があったって別に心配することもないのかも。それが人間の体ってものなんだから。

本人にとってはつらい経験だったかもしれないけど、わたしはその「人間らしさ」にちょっと救われました。そして、また次のチャンスには最高の走りを目指すんだろう彼にエールを送りたくなりました。頑張ってね!

さらに、わが身を振り返って思いました。すぐあたふたするワタシ。

いくら冷静に分析して、準備を重ねたって、体は生き物。その不思議さに振り回されるばかりじゃなくて、感動する余裕があったら、もう少し楽になれるかも。

バランスを考える東洋医学が根強く信頼されるのも少しわかる気がしました。

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世間は師走だけど

10年程前にかじったヨガを最近また始めた。あの頃は感じなかったが、この頃『呼吸の仕方』を意識するようになった。というのも、歌う時、泳ぐ時、すぐに苦しくなるからだ。たぶん、とてもヘタなんだろうな、息の仕方が。ヨガでは、呼吸が一番大事だと言われる。この意味がようやくわかってきた。

カリカリしている時は、例外なく、浅い呼吸をしている。通販のカタログを見ているときも、ふと気がつくと息をつめていて、肩のあたりが緊張している。たぶん、何をしていても私は意識が上へ上へといっているのだろう。人と話していても、顔はおだやかに、おほほ・・なんてやっていても、心の中では「今のどんな意味だろう?」「あれ、まずいこと言ったかな?」と意識がこまねずみのようにくるくる回っていて、別れた後はぐったり、ということがしばしば。こんな神経の使い方をしていたら、神経もストを起こしたくなるよね。

それに、早口。ビデオに入っている声を聞くと、自分で自分が情けなくなる・・・

ゆったりとした呼吸は、残念ながら意識していないとできない。これが自然に出来るようになったら、心の風景も、アルプスかカナディアンロッキーかっていうくらい雄大で包容力がでてくるかも(?)。それはともかく、これからはゆっくりを意識して、言葉も丁寧に発していこうと思う。なるべく。

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電車でGO!

パニック障害の人は、電車や人の集まる所が苦手。どんな本にもそう書いてある。私もそうなんだけど・・・なんでだろう?閉鎖された空間で、逃げ場がないから、というが、パニックはどこに逃げてもついてくるから、たとえ電車から飛び降りても、解決はしないはずなんだけど、先日の私も迷うことなく飛び降りていた。でも、私は電車が好きだ。中学、高校、大学そして社会人になっても毎日電車に乗っていたし、車窓から景色を見ながら、いろいろ空想している時間が大好きだった。夜は夜で、車窓に映る自分の姿が、シルエットがぼんやりとしているからか、鏡で見る姿より綺麗に思えていつまでも眺めていたりした(おいおい)。もし事故や故障でどんなに電車が遅れても、立ち往生しても、時間の使い方に悩むことは全くなかった。それなのに、今はせいぜい10分程度でないと、安心して一人で乗れない。はぁ~

パニックになって苦手になったのは、電車だけではない。スーパー(特にレジ)、授業参観、会合、戸外での活動・・・でも、いつのまにか、こうしたことはクリアしてきた。それも、ある日、突然、ということが多かった。「今日は、できる気がする」という、予感と、できた、という達成感が繰り返されるうちにいつのまにか、である。何度同じ状況になっても大丈夫というわけではないのだけど、なぜか電車(乗り物)以外は、なんとかなる!という心の範疇にしっかり入ってしまったのだ。

パニックは、頭の回路が間違った流れを認識しているから、という説明を読んだことがある。だから、頭をだまして、違う方の回路を改めて認識させたらいいのだそうだ。自分で自分をだますというのは、まるで自分の背中をなめるような話で、およそ出来そうもないと思ったが、他の状況に関して正常に反応できるようになってきている、ということは、意識しなくても可能なことなのかもしれない。実際、パニックになりかけて落ち込むと、私は、出来るようになったことをなるべく思い浮かべて、なんとかして自分を支えてきた。あとは、電車にさえ乗れるようになったら・・・これが、ここ数年の私の願いだった。

でも、ひょっとしたら、この「さえ」が問題なのかもしれない。電車に「さえ」乗れるようになれば、私は以前の私と同じクオリティの生活が出来る、街に出かけていって気分転換に買い物も出来るだろうし、映画や舞台も見に行ける(これも実はまだ解決途上の問題なんだけど)から、ストレスも発散できるだろうし、仕事だって通えるから、見た目元気で暇そうで、お気楽ねなんて言われることもないし、etc。だから、今の自分は、まだ、自分じゃない、という思い。加えて、好きな電車にどうして乗れないのか、というこだわりが、問題をややこしくさせていたのかもしれない。やりたいことができない、という、悲壮感。電車は、私の意識の中でものすごく大きな壁になってしまったのかも。授業参観も、スーパーの買い物も、別に、それほど好きなことではなかったから、ハードルが自然に低くなってくれたとも想像できる。だからって、電車へのこだわりを一朝一夕には変えられないよなぁ。どうしたらいい?

たぶん、終わらないのではないか、とも最近は思う。終わらないけど、大丈夫な人生。風邪をひくように、時々苦しむことはあっても、これ以上苦しむこともない。私が、自分の意識をコントロールできなくても、私の神経が私を見放さなければ。ただそれだけを切実に願うしかないのかも。

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魔法の言葉

今日も探している。(10月25日の日記から)

怖くなった時。

ええぃ、もう、どうにでもしてくれぃ!とか、どうせ、いつかは死ぬんだから、とか、かなりやけっぱちな気分。

先を悲観するなんて、ナンセンス。アシタハ、アタラシイ。

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時々、嵐がくる

最近、一日の寒暖が激しいせいか、なんとなく体の調節機能が上手く働かない。動悸がするし、ふらふらするし、急に眠くなったり、急に緊張してきたり、その他もろもろ、いわゆる不定愁訴っていうものかな。今日も、朝から、出ずっぱりで、夕方帰ってきたときには神経がかなり高ぶっていた。横になったものの、体が冷えて、全身がわぁぁぁぁぁ~って感じ。落ち着かない。でも、約束していたので家族と焼肉を食べに行った。こういう時に、しんどいのがお店のにぎやかさ、店に流れる音楽や、お客さんたちの笑い声。これ以上私の神経を刺激しないでぇ~~と耳をふさぎたくなるけど、子どもたちの前で変な行動をなるべく取りたくなくてじっとがまん。吐き気をこらえ、体が浮き上がりそうになるのを、なるべくお臍の方に重心を落として、腹式呼吸し、耐え続ける。お冷やで真っ先にコンスタンを飲んで、「大丈夫、そのうち必ず落ち着くから・・」と自分に言い聞かせながら、黙って肉をひっくり返してはもくもくと手を動かし、味がわからないままに口に運び、時を待ち続けた。何度か、店をでようか、と思ったが、出てもそのまま帰れないし、外は寒そうだし、一人は心細いし、叫びたいような衝動を抑えるのにどこにいても同じかも、などど、逡巡しているうちに、ふと、気持ちが軽くなった。うん、効いてきたよ、コンスタン。もう大丈夫。過ぎてみたら、なんだったんだろうって思う。夢の中でいっぱい泣いた後のような、疲れと胸の痛みが残っている。

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ライフライン

某クイズ番組にあったよなぁ。使うまではとっても心強くて、使ってしまうと一気に不安になってしまうもの。

昨日の日記のことだけど、Oさんを実質的に私は呼び出したのである。「帰れないよ~(でも迎えにきてほしいとは流石に言えない)」という弱気な泣き言メールを送って・・・ごめんなさい!まわりに迷惑ばっかりかけている、困り者です。そのくせ、心を開けないひとには絶対頼りたくないと思っている、わがまま娘です。そんな私は、Oさんが自分の用事を後回しにしてまで来てくれたと知って、嬉しさと同時に、少し不安になった。今回は付き合ってくれたけど、次回はどうだろう・・・もうこんな迷惑な友人を疎ましく思うだろうか。頭の中で何かを計算している自分がいた。猛烈に情けなかった。

私は、これからもきっとOさんに迷惑をかけるだろう。だから、自分にできることでOさんの役に立とう。誰かのためにも、役に立とう。

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自分を保つこと

JR西日本尼崎脱線事故から今日で半年がたった。事故から今日まで一日も癒えることのない傷を負いながら一生懸命に生きている人たちがたくさんいる。昨日まではあたりまえのようにできていたことができなくなること、何か得体のの知れないものが自分を支配してしまいそうな恐怖、それでも「そう感じるのは、自分が生きているからだと思う」という言葉。私もずいぶんたくさんの人からこの言葉をかけられたなあと思う。でも、この言葉が、そしてこれを発することが自分にとってどんなに重いかっていうことがわかっている人が話すとじーんとくる。そうなんだよなぁ。その言葉が、魔法のくすりのように心にしみ込んで、いつもいつも効いたらいいのにな。

私はパニック障害といわれて、もう10年以上になる。引越し先であちこちの病院にかかって、薬もあれこれ飲んで、最近はだいぶよくなってきたと思っていたのに、先日も電車から飛び降りてしまった(停車中です、もちろん)。どうしたら、あの恐怖心をじっと受け流すことができるんだろう・・・「痛み」に関しては、人並みにお産もしたし、結構痛いレベルに入るらしい「尿路結石」も経験したけどな。なんか、そういうことに耐えるっていうのとは全く違う忍耐力がいるんだろうか。だいたい、力の入れ所がないんだよなぁ・・・変調をきたしているのが頭だけに、どう対処していいのやら、対処するだけのスペースがもう頭の中に残っていないような気がする(涙)。

電車から飛び降りて、家に帰れなくなった私を、友人のOさんが駅まで迎えに来てくれて家まで送ってくれた。彼女の家から駅まで車で30分、さらに家まで往復60キロの道のりなのに、だよー。顔を見た時、泣けそうだった(人ごみじゃなかったら、泣いただろう)。以前に同じような経験をしたOさんは「頭痛がひどいと、ホントに動けなくなるじゃん。それと同じようなもんだって思えばいいんじゃないの?」と言ってくれた。頭痛とパニックはもちろん違うけど、その違いを知っているOさんの言葉を何度も自分の頭の中で繰り返してみる。人から、気にするからそうなるんじゃない?と言われるとへこむけど、彼女の言葉は素直に受け止められる。

『最初の15分』

じたばたするのはほんの15分。どんなに苦しくても、たったの15分。

その間にできることもあるかもしれないけど、

なにもしなくてもいのかもしれない。

深呼吸をしてもいいのかもしれないけど、

涙を流してもいいのかもしれない。

ふっと、何かが流れて、あ、大丈夫だ、と思う瞬間を、ただ待つだけ。

パニック発作はそんなに長くは続かないそうです(そうですって、自分で計ったわけじゃないからね)。電車に乗ってきて、突然挙動不審になってても、心配しないでくださいね。

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