文月通信1
7月は涙の多い月でした。
悔し涙、偲び涙、後悔の涙、自分が情けなくて一人で夜に流す涙。
どういうことか、月の半分を熱を出して寝込んでしまい、熱がないときでも、原因不明の体の痛みやだるさに不安を感じながら過ごしていました。ずっと、体が発してきた声に耳を傾けようとしなかったから?「できる」ことに物事の価値を置きすぎたから?一人で寝ていると次から次へといろんな思いが浮かんできて、ますます落ち込む悪循環。
時間だけはたっぷりあったので、この際考え疲れるまで考えてみよう…と決心したわけでもありませんが、なんとなく思いつくままに自分なりの原因究明をしておりました。
その①インフルエンザ説
これは、多少信憑性があると思っています。そもそも最初に熱を出した日の3日前に私はかなり長い時間鹿児島本線に乗っていましたし、駅の雑踏もウロウロしてましたので、当時それなりに患者が出ていたことを考えると感染を否定はできない。その上、最初の熱が下がった後、かかりつけのお医者さんにその時の症状を話したら「それねえ、たぶんインフルエンザだったと思うよ」と言われたし。熱が出る前にものすごく目が痛かったんです。まるで日焼けでひりひりするような痛さ・・・違う?当たり?
でも、熱は7度台のまま3日ほどで落ち着いたし、その後少しおなかの調子が悪い日が続いたものの、2週間後に第2波が来て、さらに微熱が1週間以上続くほど強烈だったかと言われるとう~ん??かつて1度だけインフルエンザの予後が悪かった(同じような経過をたどった)ことはありましたが、病院の先生曰く「今更わかりませ~~ん」(そうでしょうね・・・)
その②木の霊説
これはかなり真面目に考えました。3月の終わりごろ、門の外にあった大きなヒバ科の木を植え替えたのです。とても元気に育っていたのですが、植えてあった場所がその木の大きさにアンバランスな狭さだったので強風でも吹けば下の道に倒れ落ちるのではないかとここ半年くらい心配だったのです。植え替えても根付くかどうか分からないと言われましたが、造園業者の方に無理は承知で植え替えてもらいました。切り倒すには忍びないくらいとても元気だったんですもの。
でも、新しい場所には根付きませんでした。しばらくの間はしっかり水をやってね、と業者さんに言われたのに、それから1週間くらいして私は旅行に出てしまって・・・見るたびに枯れた部分が広がっていって、そのうち見るのも怖くなって私はその木のある庭の一角に近づこうともしなくなりました。窓からこっそり覗くと、あんなに生き生きとした緑だった木は真っ黒になって亡霊のように立っていました。
なぜ、こんなに木に怯えるのか。それには訳があるのですが、とにかくあの木を植え替えた頃からどうも体調が悪かったなあと思い出すとあながちくだらないと片付けられないこの説。
元気になったら、きっと謝りに行きます。
その③カビ説
最初の熱が少し峠を越した頃、なぜかお風呂場の天井の汚れがすごく気になってまだ少し熱っぽいのにもかかわらず必死になって掃除をしたのです。それも、マスクもしないで、落ちてくるカビを含んだ汚れた水を顔で受け止めながら・・・って、バカ?
カビって身体によくないんですよね。ああいうのが身体の中で増殖して病気を引き起こしたりするって聞いたことがありますもの。まあ、お風呂のカビとそういうカビは種類が違うのかもしれませんけれど^^;もしかして、アレが原因だろうか、と少し思いました。
その④疲れたんだよ・・・説
人から言ってもらえると、素直にそうかも、と思える説。自分ではそうはいうものの体力もついてきたし、一応元気だったし、とどこか認めたくないところがあり、逆にそういう部分に自分の未熟さと根本的な原因も感じるのですが。私みたいな天邪鬼は『神経のリソースメーター』を突きつけられないといつまでたっても同じ失敗を繰り返すんだろうなぁ。
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