14歳

昨日は今年度最後の懇談会でした。先日の修学旅行の時の写真をスライドにしたものを見せていただき、その後はクラスごとに分かれて茶話会。

中学二年生になってくると「家では学校のことをほとんど話してくれません」という感想が多くなります(特に男子のお母さん)。うちでも普通にいろいろな話はしますが、その日学校であったことをあれこれとは話さなくなったなあと思います。そりゃあ当然なこと。私だって親にいちいち報告していませんでした。

中学生ともなると、「ただなんでも聞いてくれるお母さん」に見えていた小学生の頃と違い、「話すと面倒なことになるかも」と親を客観的に見るようになるのでしょう。その判断は時として正しい(笑)。

自分だけを頼ってくれていたあの頃がなんとも懐かしくなる時期ですね。

私は息子が丁度この時期を過ごしていた頃は、自分のことで精一杯でした。「お母さん、お母さん」と言う声をいつも聴いていたような気がするだけで、何時の間にかそういう呼びかけをしなくなり、彼がいろいろな局面を乗り越えるにあたって(中学では一時期学級が崩壊しかけたこともありました)まともなフォローもしてあげられませんでした。周りの友人たちや、信頼できる数人の先生がいてくださったおかげなのかな、私に何も言わなくてもなんとかやり過ごすことができたようでした。

結果的には口を出しすぎなかったことはよかったのかもしれません。私は一つの問題を抱えるとあれこれ考えすぎてしまうし、どうしても「最良」の答えを出さねばならないと思ってしまいがちです。心の片隅では「最良」なんてものはないのではという疑問を抱いているにもかかわらず、とりあえずそこに向って邁進してしまうのですtyphoonおまけにその「最良」は私の理想であって子どもの理想とは違っていることがあります。要するに自分を押し付けてしまうことがあるのです。

子どもが小さい頃は自分がいいと思ったものを与え続けてきましたが、いつまでもそうしていると子どもは自立できません。何でも聞いてくる時期が過ぎて、黙っているようになったら、自分でいい物を見つけられるように見守っていくことも大事なのだと思います。与えられたものに感謝することと同時に、自分で見つけたものに自信と誇りをもてるようになってくれたらどんなに嬉しいでしょう。

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記念写真

二十歳の君は 

涼やかに通り過ぎていこうとする

決して留まらない時間に

私は少し慌てている

成人式を終えて、息子は大学に戻っていった。幸か不幸か体調を崩して一日中家にいる私は育児日記を引っぱり出して読み返している。

君が君でいるためならば

回り道をたくさんしてほしい

でもちっぽけな自尊心は

どうかなぁ(笑)

地元の成人式のことが話題に上ると、何かしでかしてはいないだろうかとつい眉をひそめてしまう。ごめん、ごめん。

育児日記をつけていた頃が手回しくらいの速さだったとしたら、この10年くらいはスーパーハイパー大回転だったね。って、君だったら言うんだろうね。

君の瞳に映っているものは

もう私には見えないよ

二十歳の春、

おめでとう

散々迷ったけれど、写真館で撮るのはやめて、家の中で家族写真をとった。「僕、やっぱりスーツがいい?」と聞かれた時は自然な写真が撮りたくて「普段着でいいよ」と言ったけれど、夫がスーツに着替え、娘が制服を着出したのでじゃあ私もスーツかな、なんてことになり、結局主賓の息子だけが襟付きのトレーナーだったcoldsweats01のはYシャツが洗濯中だったから。

ありえ~ん。

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無事に・・

ニュージーランドから無事に娘が帰ってきました。バスからどんな顔をして降りてくるだろう、楽しかった~、また行きたいって言ってくれるようだったらいいな、とドキドキしながら迎えたその顔はほんの少し大人びていました。実は、降りてきた瞬間にはわからなくて、まだかな?とキョロキョロしていたら目の前にいた・・・という間の抜けた再会。だぼだぼのGパンをはいて髪の毛もくしゃくしゃで野生児のようだったものでcoldsweats01

さあ、どんなおみやげ話があるかな、と期待している私の顔に、娘はちょっと困ったような顔で話す言葉も歯切れが悪い。少しずつ聞いてみると、ホームステイ先のお宅では思ったように言葉が通じず、少し行き詰まったこともあったらしい:他の子たちが楽しそうに「通じたよ」と話すのを聞いてあせる気持ちもあったらしい:持っていった電子辞書に単語を打ってもらおうとしても、使い方が分かってもらえず、会話が途絶えてしまいがちだったらしい:そして「私は歓迎されているのかしら?」という思いにとらわれてしまったようなのです。

私が「そんなことは絶対無いよ」と言ったとしても、娘の感じたその思いを払拭することはできないなと思い、そうだったんだね、とただ聞いてやりました。どんな風に思われているのかを考えるよりも、ひたすら会話の中に入っていって私は楽しんでいるのよということをアピールするべきだったのかもしれません。でも、娘にはそれができなかった。それも、この研修から得た貴重な体験だったのだと思うことにしました。

事前研修でも、海外のホームステイ先では、家族の一人として迎えることが当たり前だから、お客さんのようにかまってくれることがなくても気にしないように、と説明されてはいたのですが、その場の空気までは遠く離れていた私にはわからないのでなんとも言えず、ほんの少し胸がちくちく痛みます。それほど引っ込み思案の娘ではないだけに、入っていけないような雰囲気だったのだろうか、それとも諦めるのが早すぎたんだろうかという二つの思いが堂々巡りをするばかりです。

帰ってきて3日目、むこうで撮った写真ができてきました。写真の中では、楽しそうに笑っているのをみて、少し心が軽くなりました。楽しいことだっていっぱいあったのです。一緒に行った団員の子たちとは違う中学校同士、こんな機会もなければ知り合うこともなかった仲間に会えて仲良くなれたことだって素敵なこと。休日には動物園に連れて行ってもらったり、いっしょにショッピングをしたり、料理を作ったりもしたって、それだけ聞いたらすごく楽しそうじゃない?おそらく娘は『積極的にコミュニケーションをする』という目標を達成できなくてトーンダウンしてしまったのでしょうけれど、私から見たら、親元はなれてたった一人でホームステイするというだけでもすごいな~と感心してしまうんだよって、もっと伝えてみようと思います。

今夜は実家の両親が帰国のお祝い会をしてくれました。あんなことがあった、こんなことがあった、といつもなら止め処もなくしゃべるはずなのに、話が弾まない様子にみんなも少し気を遣ってしまいましたが、それでも「楽しかったよ」と言ったり、買ってきたお土産を嬉しそうに開けたりしているうちにだんだん楽しい思いでも蘇ってきたのか、帰る頃にはすっかりいつもの娘に戻っていました。

いつか先になって、この経験をじっくり振り返る機会があった時、今はまだ頭の中で整理がつかないままなんとなくもやもやとしているたくさんの思いを上手に受け止めることができたらいい。そして、うまくいかなかったことこそどう生かせるか考えられるようになれたらと願っています。

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一瞬のいのち

京都で大学生活を送っている息子と、時々携帯電話で話す。家族同士が無料になってありがたいものである。どんな風に暮らしているのやら、とはあまり思わない。「見ない方かいいよ」と忠告してくれる友人もいるが、まあ大体の察しはつくのである。にしても、その一部始終をみることはこれからはなくなっていくんだな、と感じるこの頃、撮りためておいた小さい頃のビデオをDVDに編集する作業を少しずつ始めている。

改めて見返していると、おかしなことに気付いた。わが家がビデオを購入したのは彼が幼稚園の年長の頃。その頃になると一つ一つのしぐさがかわいくて・・ということがあまりないのは当然なのかもしれないけれど、「これって、わざと?」って思うくらい、おそらく本人は恥かしくて見たくないようなシーンの多いこと、多いこと。本人は一生懸命にやっているつもりなのだけれど、周りからはどうも、ワンテンポずれてある・・・(ビデオをみて「そうだったのね」と今更感じている私も、ある意味ワンテンポずれているのかも^^;)。よくよく思い出してみれば、あの頃はずれていようが、とりあえず集団生活に入って元気そうならば安心していた。それまでが超マイペースな子だったから、他の子と同じ事がちゃんとやれるだろうか、友だちとちゃんと遊べるだろうか、という心配をもうしなくてもよいと分かって安心しきっていた。まぁ、そんなことを言ったら「そりゃ、下の子の世話で精一杯で、ほったらかしだっただけだろう」と揶揄されそうだけれど。

パニックがひどくなってほとんど半病人になった頃には、見落とした表情も多いだろう。大切な時間を落っことしてしまったような寂しさもチョッピリ感じている。でも、最近思う。思い出は量ではなくて質なんだ。

小学校6年の修学旅行に出かける朝。彼は、本当に嬉しそうだった。もともと、気持ちが表には出る子であるが、そのうきうきさ加減は相当なものだった。アパートの下まで見送ると、なんども私のほうを振り返りながら、出かけていった。その時、彼の嬉しさが、私の心に伝わってきて、誰かに言いたくてたまらないような幸福な気持ちを感じた。その記憶がまだ消えない。

2度目は、高校1年の夏のキャンプから帰ってきたときだ。玄関の戸をあけたら、3日前に出かけた時とは全く違う、精悍な顔をした息子が立っていた。その瞬間、私の中に嬉しさがこみ上げてきた。実際、それから数時間で彼の顔は元に戻ってしまったんだけど(^^;)、今もあの時に感じた嬉しさを忘れられないでいる。

赤ちゃんの頃、幼い頃、そして今にいたるまでたくさんの思い出はもちろんあるけれど、思い出はどこか儚い。でも、この2つの思い出だけは、私に強い現実感を与えてくれる。私が生きている、そして、この子も生きているという、確かさ。

谷川俊太郎さんのこんな詩を思い出した。

娘よ
いつかおまえの
たったひとつの
ほほえみが
ひとりの男を
生かすことも
あるだろう
そのほほえみの
やさしさに
父と母は
信じるすべてを
のこすのだ
おのがいのちを
のこすのだ    『雛祭の日に』

生を感じさせてくれるのは、一瞬で、あとは長い長い日常があるだけだとしても、それを感じることができることこそ、幸せだと思う。二つの思い出は、ひょっとしたらほんの少しタイミングがずれていたら感じることのなかった心のゆれなのかもしれない。そのこと自体が普遍的に意味を持っているわけではなくて、たまたま気持ちの方向軸がどんぴしゃにあってしまったのだろう。それでも、誰かの心を一瞬でも揺るがすことのできる存在になってくれたこと、この2つの思い出をくれたことに感謝している。

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待つ

公文に来ている1年生の女の子。答えを書くたびに私に「せんせい、ここ、あってる?」と聞いてくる。「うん、だいじょうぶだよ。」と言っても、「ほんとに?うそついてない?」とくりくりしたかわいらしい目で私の顔を覗き込む。「だって、100てんじゃなきゃ、いやだもん」。困ったな、と思いながら見守っている。

娘に話したら、「完全になめられてるね」と笑われた。やる気を失わせないように、でも手を出し過ぎないように、声をかけたり、見守ったりするのは、本当に難しい。自分の子だったら少々泣いてもほったらかしても、いつもそばにいるから次のフォローができるけれど、週に2回、限られた時間でしか接していない子たちにはそれができないから。

それぞれの子どもの進度を考え、教材をセットするのは教室を主宰している先生の仕事で、私たちスタッフは「黒子に徹してください」と言われている。ということはいい流れの中で学習が進むように、採点を滞らせないことだけを考えていればいいのかもしれないのだけれど、実際に毎日やっていると、何かしらのハプニングに右往左往していることの方が多い。ちょっといい空気が漂ってきたなと思うや、そういうことに敏感な子がはしゃぎだすし、一人の子に少し手をかけてあげていると、ほかの子からも「かまってほしい光線」が飛んでくるし。次々に飛んでくる矢を上手に受けたりかわしたりするには、機敏さが足りてないことを実感する日々(年々衰えているからなぁ)。そういう細かい子どもたちの変化に、スタッフがどこまでかかわるべきなのか、悩みは尽きない。

今月に入って、英語をみていた子が二人退会してしまった。聞いた瞬間には「なにがいけなかったのかな」と、どうしてもネガティヴに考えてしまう。まるで、私がもうちょっと気付いてあげたらそうはならなかったかもしれない、と思う傲慢さに我ながら苦笑。でも、思い返せば私自身、息子を通わせている間になんどもやめさせようかな、と思ったのだ。1教科6000円ちょっとは決して安い月謝ではないし、そのころの私の公文に対する認識は「教室でただ自習するだけ」というものだったから、家でプリント学習すればもっと安くつくかもと思ったりもした。それに、公文の教材では学校で習う範囲をすべてカバーすることはできないので、成績を効果的にあげようと思っているなら塾の方が確かにいいのかもしれない。退会した子たちが、ほかの場所で「よかった」と思えるならそれでいいんだと思う。

ただ、公文の特徴はなんといっても就学前の子から高校生の子までいる環境だ。同じ学年の子でもやっているプリントはそれぞれ違う。一人一人が違うことをしているというのは、特に今の時代の子どもたちにとっては貴重だと思う。即効果があるのは計算力くらいなのかもしれないけれど、こういう環境で勉強したことは長い目でみればいい経験になるんじゃないかな。

保護者、教室、子ども、の全部の立場を満足させることはできないと実感した上で、どこを自分のスタンスにしようかと考えたとき、「私が動かないことかな」とふと思うこの頃。

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新しい生活へ

引越しまであと5日というところで、ようやく準備が始まった。まず近くのホームセンターにダンボールを買いに行く。いままで10回以上の引越しをしてきたけれど、いつも会社指定の業者が最初にダンボール類を持ってきてくれていたので、買ったのは初めて。こんなことならこまめにためておいたりスーパーでもらっておけばよかったと思いつつ、結局そんな余裕はなかったのだとあきらめる。すべてに用意周到である必要もないからね。

ダンボールとガムテープと布団袋とぷちぷちを買ったらそれだけで5000円近くになった。びっくり。

合格が決まってからは地元の友だちと連日遊びまわっていた息子も、さすがに真剣に片付けを始めた。いつも散らかしっぱなしで叱ってばかりいた部屋が、だんだんとすっきりしていくと、ほらね、やっぱり寂しさを感じるでしょと心の中から声がする。さらりと流そう、あまり感慨に浸らずやり過ごそうと、無理に別の予定を入れたりしていた自分に不意に襲ってくるこの揺さぶりを、これからしばらく抱えながら過ごすんだろうな。

息子が使っていた部屋はもともと娘と共同だった。6畳なので息子の机と2段ベッドを入れて寝る時だけ二人で寝ていた(娘の机は2階の階段ホール)。でも、さすがに高3になって(娘も小6になったし)寝るのは分けた方がいいだろうとベッドを切り離して一階の和室に娘を移動させていたのである。次に帰ってくる時には娘がこの部屋を使っているだろう。彼にとっても帰ってくるたびにだんだんと「変わらない」生活ではなくなる。私と娘も、だんだんと息子のいない生活になれて、変わっていくに違いない。

ゆっくりと変わっていくことができるのは、幸せなことだ。人生のすべての変化がゆっくりであってくれれば、と思う。

この時期になって「子育てを振り返ってどうだった?」と聞かれるけれど、あらためて考えてみると子育てをしているなと実感しているその量感や質感が20年の間にどんどん変化していたのでここに来て走馬灯のようにひとつの流れで振り返ることができないと気付いた。自分の子というより命を預かったという感覚ひとつとっても、その時によって強くなったり弱くなったりした。中学を卒業した頃からは「子育て」という言葉はそぐわないような気がしていたが、その存在は常に「子」であり、その前で私はいつも「母」だったと思う。そうではなく人生の先輩のようにありたいと振舞っていたこともあったが、結局のところ彼にとって私はやっぱり「母」だったんだろうな。

いつだったか、「光をいだく」と書いたことがあったけれど、これからも自分の中に小さくてもいいから希望の光を灯しつつ、ゆっくりと人生を歩いていってほしい。

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合格通知

一年越しのサクラが咲き、この春はとうとう息子を送り出すことになりました。

感慨無量、といいたいところですが、まだどうも実感がありません。あれほど緊張感を持って待っていたのに、いざその瞬間が過ぎてしまったらもうそれははるか昔のことのように思えて不思議な感じ。こんなものなのでしょうか。

それでも、ほんとうにホッとしました。一年間、周りの人たちに助けてもらいながら私もなんとかやってこれました。息子も、目標を失わず妥協せずに頑張っている多くの友人に恵まれ、彼らに引っ張ってもらえた部分もたくさんあると思います。感謝です。

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部活の涙

昨夜、お風呂から上がった娘に元気がなかった。ぽつぽつと話すを聞いていると、その日の部活の吹奏楽で自分が頑張ってきたパートの座をあっさりほかの子にとられてしまったらしい。

娘は中学に入る前から、吹奏楽部に入ると決めていた。6つ上の兄が中高と続けてきたのをずっと見ていたからだ。プラスチックのマウスピースも買って自分で練習していた甲斐があったのか、入部そうそう2,3年生主体のコンクールにも出場できることになり、毎日緊張しながら合奏に参加し、くたくたになって帰ってきてそのまま寝てしまうこともあった。

同じ1年生の中から一歩抜け出して、張り切ってもいたのだろう。部活で輝いている自分を心に描きながら頑張ってきた分、くやしかったにちがいない。自分が3ヶ月の間がんばってやっと手に入れた場所や、書き込みで一杯になった楽譜をゆずらなくてはならなかったのも悲しかったのだろう。「まだまだこれからなんじゃないの?」と言ってみたが、自分が抜け出していたと思っていたのに、その子が意外にも自分より天分があることを知ったのもショックだったようだ。

くやしかったんだね、と声をかけたら、こらえていたものがどっとあふれて涙が止まらなくなった。嗚咽しながら泣き続ける娘の肩をなでながら思った。こんなことも懐かしくなる日が来るのはわかっているけれど、その日がきても、この悔しさはきっと忘れないんだろうな。

私も兄の背中を見ながら大きくなった口で、小学生の時ソフトボールをしている兄に憧れ、5年生になったら(当時5年生から課外クラブに入れた)クラブに入ろうと決めていた。その頃にしては高額なグローブも、自分で貯金をはたいて買ったし、入部テストのために父や兄に特訓(?)までしてもらったのだが、見事落ちて入れなかった・・・だから中学に入学すると、迷わず入部した。2年越しの夢だったから(笑)

ところが、憧れて、好きで入ったのに、私は相変わらず下手だったので、入ってまもなく落ちこぼれ始めた。練習の最後に、各守備位置で順々にノックを受けて、捕れたらあがれるのだが、私はどうしてもフライが捕れなかった。飛んでくる玉の軌跡を計算することができなくて、何度も「ラスト」と声をかけられながら、いつまでもあがれない。よれよれの私を先輩が励ましてくれ、後ろでバックアップしてくれ、なんとかあがれた時には、私はいつも泣きそうになっていた。グローブの皮ひもを締めなおすふりをしながら、みんなと顔をあわせないようにいつもすみっこで気持ちが落ち着いてくるのを待っていたなあ、と思い出す。たぶん、あの時の情けなさや悔しさは忘れないだろう。ソフトが好きな私より、何も知らないで入部してきた同級生の方が筋はずっとよくて、いつのまにか準レギュラーになっているのを見るのは、今では笑えるけれども、やっぱりくやしかった。大人にとってはどうでもいいことが13歳にはおおごとだったんだよね。

だけど、あれが、自分の思い入れの大してない場面だったら、そんなに悔しくも悲しくもなかったかもしれない。そう、たとえば、ピアノを高校まで続けていたけれど、発表会で同級生や下級生が自分よりレベルの高い曲を弾いても「すごいな」とただ思うだけで、悔しさを感じることはなかったもの。

そこで輝きたい、認められたいという思い、自分、がんばっているじゃん、という自負、それが大きければ大きいほど、悔しいことも悲しいことも増えるんだろうな。でも、きっとそこにこそ、成長するチャンスもあるんだよね。

「ふーちゃんが、いい音を出そう、みんなときれいなハーモニーを作ろう、って思いながら頑張っていけば、きっとやっててよかったな~って思えるようになるよ」。それがわかるようになってくれるかなぁと願いながら1時間くらい涙にお付き合い。

泣き腫らした目で、眠りに付いた娘は、今朝は、またいつもの顔をして部活に出かけていった。ほっ。

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心の窓

この夏始まる子ども番組について、Oさんからいろんな話を聞いた。今まではスライド式に絵が出てくる番組だったけれど、今回初めてCGを使うのだそうだ。だんだん業界もCG化が進んでいて、そのうちスライド式の投影機が生産されなくなるらしいので、対応していかなくてはいけないとのこと。「でも」と、Oさん。「スライドにはスライドのいいところがあるから、全部CGにするのは抵抗があるんですよね・・」

静止している絵をみて、いろいろなことを想像する余地が、CGにはないんじゃないかっていう危惧。わかる、わかる。

動くとおもしろいけれど、後に残るかっていうと、どうだか。絵本をなんども眺めている子どもたちの方が、ことの本質をわかっているのかもしれませんよね、って二人で合点した。

私は、だいぶ前にきいた、さくまゆみこ氏の講演を思い出した。氏はその中で、『本を読むことで想像力を養うことができるのか』ということを調べるために、二つのグループ(本をあまりよまなかった群と、読んだ群)に同じ本を読ませるという実験をとりあげていた。読ませた本は、『のっぽのサラ』という、取り立てて事件が起きるわけではない、家族がテーマのお話。すると、つまらなかった派とおもしろかった派に分かれ、理由を尋ねると、つまらなかった理由は、なにもおこらないから、で、おもしろかった理由はドラマがあるから、だったという。つまらなかった派には読書経験の少ない子が多かった。

このことから、本を読むことで、人間のやり取りを学ぶことができた子は、単調な生活が描かれている世界にドラマを読み取り楽しむことができるのではないか、と結んでいた。

こういう実験がはたして科学的根拠になるのかどうかはわからない。

でも想像力を働かせる経験をつんだ子はきっと心にたくさんの扉をもてると思う。こどもが想像しているかたわらでゆっくり待ってあげられるような環境がだんだん少なくなっていくこの時代だからこそ、何でもかんでも映像化する前に立ち止まって考えたいよね。

「心の窓」というのは、その講演で紹介された言葉です。「本は窓です。心がつらいところであっても、窓を開ければ違う世界が広がっていることがわかる、その逆も。こどもにたくさんの窓を用意してあげなければ。」私もずっと「こころのひきだし」とか「こころのポケット」をたくさん持ちたい・・・と思ってきましたが、「窓」って素敵な表現だなぁと思ったので使わせていただきました。

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行っておいで

夏休みは受験の天王山(らしい)。ということで、もちろん、夏期講習の申し込みの時期なのだが、先日、同窓会に行った夫が同級生の高校教師に入れ知恵(もといアドバイス)をもらってきた。

「東京の大学を受けるなら、東京の予備校の講習を受けた方がいい」

そうなんだろうか?

ハテナが多少頭の中に残っているが、単身赴任中の夫の家に滞在すれば、宿泊費は浮くので、一考の価値あり。少々の出費も、いい刺激を受けることができたらという可能性への投資である。本人も、お金がかかるということで遠慮がちではあるが行ってみたいと言う。夫は毎日残業で遅いから、4週間は自活の生活になるという現実に、「一人でちゃんとした食生活をおくれるの?(これ以上の肥満は・・)」「ふらふら出歩いちゃうんじゃないの?(最もやりそう)」といった、生活面での心配がつい口に出てしまう私は、2,3日逡巡した末、ようやく腹を据えた。とりあえず放り出してみることだ。いずれ一人でやっていかなくてはいけないし、自分を知るいい機会である。予備校には県外から寮に入って生活をしている学生もいるわけだし、一人になれば、自分がどこまでできるのかもよくわかるだろう。もっとも本人は、羽根を伸ばせそうな予感で妙に嬉しそう・・・君ねぇ、勉強しに行くんだからね。一人になって、自分とゆっくり向き合って、ついでに自己管理の勉強もしてきてくださいね~

それにしても、精神的にゆとりのない生活が続いていると、いろいろ判断を迫られるのが結構しんどい。春からもろもろのことで緊張していたためか、最近疲れ気味の私。もう少しゆったりしておかないとやばそう。

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もう一度

先日事務所にいたら、元職員のGさんが2歳の坊やといっしょに寄ってくれた。マイブームはと聞いたら「電車」なんだって。舌もよくまわらないかわいらしい口から、新幹線のフルネームがぽんぽんと飛び出して、もうかわいいったら、ない。「ななやっけー」(700系だね)「ろくたーかー」(ドクターカーね、うんうん)わが息子の時よりも何倍もかわいく思えて、孫っていうのはこんな風にかわいいのかもしれないと思った。

そうか・・・孫バカって冷ややかに見ていたけれど、ちょっと考えが改まった。というか、危ない危ない、明日はわが身だと思わず襟を正しました(笑)ついこの前まで、あんなふうにちいさな手足を動かしながら、飛んだりはねたり、大人の口真似をしてどんどん言葉を覚えていたなあと懐かしい一方で、まるでおんなじことをしている坊やにほおずりしたくなっちゃう。

4月から、近くの公文教室でバイトを始めた。採点の仕方とか、教室の流れは少しずつ覚えられそうだけど、さっそく突き当たったのはちょっと大きな壁だ。それは、ずっと以前からわかっていたことなんだけど、私の弱点かもしれない。

子どもを導いていく時、声をかけ、手をとってあげるだけで、頑張って昇ってくる子もいれば、背中を押し、抱きかかえ、なだめすかし、時にはきびしく叱りながらでないとだめな子もいる。それはわかっているのだけれど、私は子どもが拒否反応を示した時に弱い。すぐにハードルを下げてあげてしまう。甘いんだよね。

厳しくしなければいけないとわかっていながら、どこか不安をもっている。大丈夫だろうか、この子はつぶれてしまわないだろうか、このハードルは高すぎるのではないだろうか、とすぐに考えてしまう。自分が神経を病んでから、その意識がさらに強くなったかどうかはホントのところはわからないが、頑強という言葉は私の中ではあまり現実感がない。でも始めたからには、一人一人の子どもをよく見て、その子によいと思うやり方で接していけるように、また子育てのイロハから勉強だなと、連休疲れでぼんやりした頭で思う春。

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褒める?

子育てをしているとよく耳にする言葉に「自信をつけさせたい」というのがある。そりゃあ、自信のない子よりも、何でもいいから、ひとつでもいいから自信のあることを持っているという子のほうが頼もしい。私もこの言葉の呪縛にかかって、ずっと子育てをしてきた。でもそういう「自信」ってどうやって身に付くのか、そもそもつけさせることができるのかということをあまり問い掛けることなく使ってきたような気もする。

私はどちらかというと、すごいね、できたね、と褒めて子どもを育ててきた。子どもが出来ないことにぶつかった時は大丈夫だよ、出来るよ、と励ましてきた。そうすることが自信のつながると思っていた。ところが、娘が小学校一年の時、担任の先生との懇談で、そういうことが話題になって、先生がこんな風に言われた。「それは逆なのではないでしょうか。出来なくて落ち込んでいる子どもに励ましすぎると、子どもはできないことがだめなことなんだと思ってしまいがちですよ。」それを聞いた私はまさに目からうろこの心境だった。そんな風に考えたことがなかったからだった。そうか・・無意識のうちに、『出来るようになることが問題の解決』という図式だけを追い求めていたかもしれない。褒めることは悪いことではないけれど(けなすよりはよいけれど)、褒めてもらえないといけないという意識を子どものうちに植え付けてしまうという危険もあるのだということを初めて知った。

これは、本当だと思う。できる子があぶないとよく言われるが、あれは正確には、できることだけをやっている子があぶないのだ。できないことから逃げて済ませている子があぶないのだ。私も多分その一人だった・・・

この年になっても(?)相変わらず親にけなされると悲しくなる。同じ世代の主婦仲間で、「結局大人になっても、いつまでも褒めてもらいたいんだよね。単純なんだけどさ」と愚痴っている。それでも、大人になれば、その頻度がそれほど多くなくても平気でいられるほどに、(ありがたいことに)成長してはいる。それは、自分の中に「評価してもらえなくても自分がやりたいこと」「何を言われても平気なこと」をあの頃よりはたくさん見つけられているからだと思う。

自信っていうのは、そういうものなのかもしれないと、この頃思う。でも、それを自分の子どもに応用するのが、難しいんだよね。

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「月夜のみみずく」

週の初めに今年度最後の参観がありました。小学校5年生の娘のクラスでは、「月夜のみみずく」の朗読劇をするというので、不安定な神経をなだめすかしながら(?)見に行きました。

「月夜のみみずく」は詩人の工藤直子さんの訳ですね。小学校の教科書にここ何年もとりあげられているようで、6年前に当時5年生だった息子たちもこの朗読劇をしました。

大自然の中で、お父さんとふたりでみみずくに会いに行く女の子の気持ち。いつものようにはしゃぎまわって付いていくんじゃなくて、おとなの礼儀で初めて過ごす時間。自分で自分に言い聞かせながら、ドキドキしながら、ほほにあたる冷たい空気や、深い森の木々や、遠くに聞こえる汽車の音を全身で感じている小さな女の子。

実は、工藤さんの女の子は、ちょっと苦手なんです。「だって、・・・じゃなくちゃ、でしょ」なんていうあたり、すこし、おしゃまな女の子だから。もっと、素朴で、可憐な女の子の方がよかったなぁ、なんて勝手に思ってしまいます。でも、北欧のお話に出てくる女の子は、勝気で、目が輝いていて、ほほが真っ赤で、おにいちゃんやおねえちゃんたちに負けない女の子が多いんですよね。リンドグレーンの世界から飛び出てきたような女の子。たぶん、「月夜のみみずく」の女の子もそうみたい。

さて、娘たちの朗読劇。手前味噌で恥かしいのですが、びっくりしました。体育館でやるというので、ステージを使うのだろうと思っていましたら、フロアの半分を舞台にし、半分に観客席を作ってありました。場内は暗くなり、懐中電灯での照明係が女の子役の子を照らします。その女の子たち(複数で交代する)は立場所をどんどん変えていくのです。フロアにはダンボールで作ったツリーや雪山に見立てた白い布があちこちに置かれていて、その間間にお父さん役と女の子役の子が照明のもとに現れては語ります。その間中、ピアノとリコーダーで結成された音楽隊がBGMを奏でています。みみずくは、というと、体育館の2階通路にいました・・お手製のみみずくも用意されていて、2本のひもで2階まで引き上げられるように仕掛けがしてありました。

女の子役の子達も、みな感情豊かな語り手たちばかりでした。

最後に、それぞれの持ち場(照明、道具、音楽、語り手、監督)の紹介がありましたが、40人近いクラスで、およそ2週間程度でこれだけのものを自分たちの力で作ったことに正直感動しました。娘は、ピアノの係だったのですが、実は前々日でさえまだスムーズに弾けていなかったのです。それなのに、バレンタインのチョコをお友達と作ったりしていたので、私は怒りました。引き受けた以上、きちんとやりなさい。自分だけが恥をかくならまだしも、あなたのピアノで他の人たちが迷惑をするのだから、と。

帰ってきた娘が「どうだった?」と聞くので、もちろん感じたままに「とってもよかった」と褒めました。褒められただけでなく、本番で一番うまく弾けたことがうれしかったようです。本番に強い子だったのね・・

この日の朗読劇だけでなく、参観に行く度に教室に貼られている絵などの作品を見るたび、今の子どもたちは彩色豊かな絵をかくなぁと感心することがよくあります。先日、新聞社主宰の読書感想絵画コンクールの作品が新聞に掲載されていましたが、どの作品も見事でした。自分ははっきり言って、芸術的センスが全くない子でしたが、それにしても小さい頃からたくさんの色彩に触れるという点で、私たちの子ども時代とは違うなと思います。服にしたって、スーパーもなかった時代、選ぶ、ということがほとんどありませんでしたから。デザインという言葉も身近になかった頃に比べ、今の子どもたちはたくさんのデザインに囲まれ、3Dの世界もあたりまえ(ゲーム世代ですからね)、そういう部分のイメージ形成は豊かなのかもしれないなぁと思いました。

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伝えたいこと

息子はそろそろ進路を考える年になってきました。選ばなくちゃいけないのか、選べるチャンスなのか、どちらでもあるかな。ある意味、幸せなことです。

私は、学ぶことにしても、働くことにしても、いつも「憧れ」や「誇り」を心の片隅に持っていて欲しいと思っています。どの教科でも同じですが、たとえば、歴史を学ぶこと。高校までの教科書に書かれていたことは、いままで多くの人がたくさんの時間を費やして明らかにしてきたことの集成。そのひとつひとつには、その時代に生きた人たちのたくさんの思いも、そしてそれを後世から見ている人たちの思いもつまっている。そうした、人間の学問や歴史への深い眼差しを感じながら学べることが出来たら、無味乾燥な受験勉強にはならないでしょう、たぶん(笑)。

そして、大学から始まる研究は、これから明らかにしていきたいこと。今まで延ばされてきた一本の線の続きに、自分が関与していくことです。すごいことです!自分が、線をつなげられるかもしれないんですから。これはどんな学問でも、同じだと思うし、そういうところに魅力と誇りを持って、学んでほしい。

もうひとつの願いは、「いのちのつながり」を感じながら生きていって欲しいということです。これから先、どんな世界で生きていくにしても、自分という人間が、どこからきてどこに行く存在なのかを考え、また、自分が何かをするということが必ず何らかの軌跡を残していくことを感じながら生きてほしい。あまりにも刹那的に生きる人が多い今の時代で、たった一つの命の価値を感じながら生きてほしいからです。

こうして考えると、人間の歴史って駅伝みたいですね。

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気持ちだけは、ね

今日は子育てサークルの人たちの前で歌ってきた。ゴスペルを4曲、あともろもろ。いやぁ~さんざんだった・・・あんな歌でも聴いてくださって、おまけに褒めようもないのに、心地よきコメントの数々。本当にありがとうございました(汗)。

このグループに参加して、まだ数ヶ月だけど、以前のように高いステージで歌うことがなくなったので、とっても楽しい。私はヘタだし、ステージで歌いたいとは思わない。ただ、一人ではできないハーモニーが好きで、続けている。歌うからにはなるべく綺麗な声がでるようにしたいし、新しい曲も覚えて、レパートリーも増やしていきたい。そこに必要とされるのは、まず「腹筋」と「記憶力」!欲を言えば、表現力もなんだけど、とりあえずぐっすり寝て、睡眠中に定着するという記憶力だけでも維持し、あとはぼちぼち・・ということで(笑)

終わったあと、録画したビデオを観て、みんなで反省会をした。歌っているときはそれほど気にしていなかったが、フレームから、走り回る子どもを追いかけて、ひとり、またひとりと外れていったり、戻ってきたりしながら歌い続けている。見ていて自分まで落ち着かなくなってきた(汗)。メンバーの子どももいるので、仕方がないけど、聞くほうにしてみれば「子どもたちが走り回ると、落ち着いて歌えないのよ」と言われているみたいで、逆に気疲れしたかもしれない、と思う。自分が小さい子を育てている頃って、子どもと一緒に参加できる場所を探しながらも、そこでは子どもとちょっと離れた時間を過ごしたかったような気がするしなぁ。(子どもを抱っこしていてくださったら、さらに嬉しかったかも・・爆)

うちの息子も、親子参加の行事に連れて行っても、協調性ゼロだったので、いつも肩身が狭かった。とにかく、人の邪魔にならないようにと抑えておくだけで大変。ほったらかしておいたら簡単に行方不明になりそうな子だった。幼稚園に年中から入れて、6月くらいまで登園のたびに泣いていたし、保育参観にいくと、なぜか一人だけ、別行動をしていたし。みんなが教室に入っているのに、一人だけ砂場で延々と遊んでいて、園長先生が相手をしてくださっているのを見たときには、腰が抜けそうだった。それでも、園長先生は、「一人遊びができるということが大切なんですよ」と言ってくださった。その息子(高2)、これまで転勤のたびに何度も転校をしたが、ナントカ順応し、友人にも恵まれて、学校生活を謳歌しているようである。協調性ゼロだった奴が、部活の副部長なんかもしている。シュウチャク至極。あの頃、母はずいぶん悩んだんだよ(うれし涙?)。

子育てはどんな結果が出るか、わからない。まだまだ、これから先もわからない。そんな不安を抱きながら子育てしているお母さんたちが、ひと息つけるような歌が歌えるようになりたい、と思い描きながら、これからも続けていこう。

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